19.負けず嫌い
「とりゃっ!この!クソ!この野郎!馬鹿!アホ!間抜け!あんぽんたん!」
警護所の訓練室。
昼下がりの静かなその場所に、廉はいた。
半年前、彼は虎雅にいとも簡単にやられてしまった。
それが余程悔しかったのか、彼はあの日から毎日のようにここで訓練をしているのだ。
白史廉。
それが彼の本名である。
露華国、三大貴族のうちの一つであり、最も皇帝に近しい存在と言われている白史家。
歴代の宰相も、主に白史家が務めている。
…ただ一度だけ、他の貴族が宰相を務めていたことは、白史家にとって「恥」だとされている。
「くそっ!負けない、負けたくない!次こそは必ず僕がアイツをぶっ倒す!」
鋭い目つきで木刀を振り続ける彼。
一体どれほどの間、訓練を続けているのか。彼の額からは、大粒の汗がポロポロと零れ落ちていた。
「廉」
「し、師匠!」
必死に刀を振り回す彼の耳に、尊敬してやまない、聞き慣れた声が届いた。
…彼が間違えるはずない。楓葉の声である。
「そんなに汗だくになって、また訓練か?」
「はい、師匠!僕はあの虎雅とかいう男を倒さねばなりませんので!」
「おや、訓練を始めた目的が少し変わっていないか?」
楓葉は眉を下げて優しく笑った。
穏やかな笑顔。
自分の実家では、決して見ることのできないこの「笑顔」が廉は大好きなのだ。
「昼飯は?食べたか?」
「あの、その。まだ、です」
「食事はきちんと取れ、といつも言っているだろう。
廉はまだ成長期なんだから、ちゃんと食べなさい」
「は、はい」
注意されたことで、廉は分かりやすく項垂れる。
そんな彼を見て、楓葉はくすりと笑った。
「仕方ない、今日は私がご馳走しよう」
「えっ、そ、そんな」
「いいんだ。その代わり、終わったら話があるんだけどいいかな?」
「そ、それはもちろん構いませんが…」
楓葉は柔らかく微笑み、ゆっくりと訓練室を出ていった。
廉も慌ててその後を追いかける。
「ま、待ってください!師匠!」
──訓練室には、投げ捨てられた木刀の音だけが響き渡っていた。




