18.桃央と楓葉
桃央の白く細い首筋に、楓葉の愛剣が突きつけられる。
銀色に光る剣は、彼女の肌に赤い模様を描いた。
「貴方、何をしているのかお分かり?」
「分からねぇわけ無いだろ。私を馬鹿にしているのか」
「あら、そんなつもりはありませんでしたわ。御免遊ばせ」
桃央は、その口元に笑みを浮かべた。
不利な立場であるはずなのに、余裕を少しも崩さない。
楓葉はそんな彼女の表情を見て、諦めたように剣を離した。
それは真っ直ぐに彼の腰元へと戻っていく。
楓葉は一つ、咳払いをした。
「私が聞きたいのはただ一つだけです。ここ最近頻発している、貴族邸での盗難事件。その事件詳細が知りたい」
「あら?治安部隊に、貴族の情報を教えるとでもお思いで?」
「思わないから、こうやって強硬手段に出たんです。もっとも、何の意味もありませんでしたがね」
楓葉は、目の前の少女を鋭い目つきで睨み付けた。
彼は思う。
どうして、よりによってこんな人間が貴族警備部隊隊長なのかと。
「わたくしには、貴族の皆様の個人情報を守る義務がありますわ」
「それは重々承知しております」
「ならなぜそんなに食い下がるのかしら?」
桃央の舐めるような視線。
今度は楓葉が黙り込んでしまう番だった。
彼の額には、じんわりと汗が滲み出る。
もし仮に、今ここで虎雅の名前を出したらどうなるのだろうと楓葉はふと考える。
しかし、その考えはすぐに打ち消した。
虎雅の名前を出してしまえば、余計にこちら側が不利になると思ったからだ。
きっと調査の末、その影響は墨にまで及んでしまう。
「わたくしは、どんなことがあっても貴族の皆々様の情報を漏らすことはございませんわ。
分かったなら出ていって。
赤く染まった隊服を着替えないといけませんから」
桃央はその口元に、にんまりとした笑みを浮かべた。
貴族警備部隊隊長室を出た楓葉は、扉に背中を預けて頭を抱え込んだ。
昨夜「聞くしかない」と意気込んだものの、いざ彼女を目の前にすると、どこか怯んでしまう自分もいる。
きっと彼女は、そんな自分を見透かしているのだろう、と。
楓葉は悔しさに顔を歪ませる。
「…でも、一つだけ得られた情報がある」
楓葉は顔を上げ、目の前の廊下を真っ直ぐに見つめた。
木目調の壁が、彼の網膜にしっかりと焼き付く。
一体、もうどれくらい見た景色だろう。
「彼女は、『貴族邸の盗難事件』については否定しなかった。
つまり、事件自体は実際に起きていることは紛れもない真実。
きっと、彼女にとってもこの事件を公にしたくない理由があるんだ。
…貴族たちが、わざわざ墨師匠を頼るのも可笑しいしな。
なんたって師匠は、インチキ占い師だから」
楓葉は腰元の剣にそっと手を掛けた。




