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14.師匠と弟子


翌朝。

勤務を終えて自宅に戻った楓葉が見たのは、ボロボロになった屋敷と、池を見て微動だにしない墨の姿であった。


彼は大きな溜息をつきたい衝動を抑え、ゆっくりと荷物を床に下ろす。

そして遠くから墨の後ろ姿をまじまじと眺めた。


時々墨はこうやって、何やら深く考え事を始める。それは昔からだった。

当時の楓葉には、どうして彼が沈黙に陥るのか全然理解ができなかった。


しかし、今なら嫌でもわかる。

…そう、この惨状を見れば。





「文字は人なり。文字は人から人へと」




静寂の中、墨はぼそりとそう呟いた。

楓葉は何も言わずに次の言葉を待つ。



「僕はたくさんの人の思いを背負ってるんだ。それこそ古代から現代まで。

いいことばかりじゃない。

恨みや悲しみ、怒り。吐き出せない言葉が全部僕の中に残る」



墨は天を仰ぐ。

真っ青で雲一つ無い、美しい空である。




「僕は人じゃない。

ある日突然、僕は僕になった。

付喪神なんてそんなもんさ。

人間の思いが無ければ、決して生まれてこない存在なのだから」




そこではじめて墨は振り返る。

いつもと変わらない、飄々とした表情である。




「ねぇ楓葉。君も僕を恨んでるかい?どうして自分の中にある答えを自分に教えてくれなかったのかと。

犯人が『呪具の付喪神』であると知っていながら、尚の事、と」




楓葉は頷きもせず、そして微笑みもせず。

ただ真っ直ぐに墨を見つめた。







「別に。何とも思ってないわ」

「おや」






その直後。

楓葉の口はニィっと弧を描いた。

その形よい唇から飛び出すのは、まるで少年時代のような言葉。

墨は一瞬目を見開くが、嬉しそうに両手を叩く。



「あはは、久しぶり、だねえ」

「別にいいだろ。ここには墨と私の2人しかいないんだからよ。

…確かに、何で知っているなら教えてくれないんだと思わなかったこともない」



楓葉は唇を尖らせる。

その様子を墨は穏やかな瞳で見つめていた。



「でもさ。墨は私に巻物を使う代償についてさんざん教えてくれた。

止めてくれたこともあっただろ。

それでも知りたいと願ったのは私自身だ」



楓葉は1度目を閉じて、深く息を吸い込んだ。

そしてゆっくり口を開く。



「私はあんたを恨んでないし、むしろ私の願いを叶えてくれたことを感謝している。

それに付喪神には付喪神なりの色んなしがらみもあんだろ。

私も仕事してるから分かるわ。そういうのがさ。

それに自分も全部をあんたに話してるかと言ったら、そうでもねえしな」



楓葉はけらけらと軽く笑う。

墨もそれにつられて微笑んだ。



「ほんとに君はいい子だね」

「おいおい、子ども扱いすんなよ。

…さてと。飯でも食うか」



楓葉は警護官の羽織を、バサリと乱暴に脱ぎ捨てた。




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