12.巻物
「おっとー、それは駄目じゃんね」
「んなっ!」
虎雅が剣を振りかぶったその時だった。
ばこっ、と彼の頭を叩く者がいた。
突然背後から叩かれた頭に、虎雅は我に返ったように振り返る。
「だ、誰だ!」
「えーっ、忘れちゃった?この前会ったばかりじゃない。僕だよ、ぼーく♡ もく、だよ」
「あっ、インチキ占い師!」
「ちょっとぉー、ひどくない?」
そこに立っていたのは、墨だった。
彼はジト目で虎雅を見つめ、口を尖らせた。
手には例の巻物を携えている。
「ねえ、虎雅。君、楓葉に家の留守を託されたんじゃないの?
それなのにこんなことしていいの?」
「な、なんでそれを!」
「あー、楓葉本人に聞いたからね。夜の仕事に行く前に、あの宿屋に寄ってくれてさ。
そんで顔を出してみた!」
「おま…し、仕事は」
「えー、お休みぃ」
墨はケラケラと笑った。
そして巻物を真っ直ぐに虎雅の目の前に持っていく。
「どう?楓葉の話を聞いて、コレを使う気になった?」
「そ、それは…!」
虎雅はたじろいだ。
墨はそんな彼の様子を見て、にんまりと微笑む。
「だろう?別にいいさ。僕に決定権は無いから、ゆっくり考えればいい。
ま、もっとも君にその余裕があればだがね」
「…っち!」
虎雅は手に持っていた剣を床に投げ捨てた。
それは勢いよく転がり、そして刃毀れする。
欠けた刃は、力無く倒れこんだのだった。
「あはは、いいねぇ!若いから勢いがある!」
「いちいちうるせぇんだよ!てめぇは!」
「ギャハハハ!」
墨は心底楽しんでいるようだった。
巻物を上に投げ上げ、それを受け止める動作を何度も何度も繰り返している。
その動作をしばらく行ったあと、墨は満足そうに微笑んだ。
「先に言っとくけど、その少年…廉は僕のことを嫌ってるよ」
「…らしいな。だから斬りかかられたんだ。あんたの手の者なんて言われてよ。
本当に冗談じゃねぇわ」
虎雅は墨を睨み付けた。
獣のような鋭い目付きだ。
しかし相変わらず、墨はそんなことは気にしない。
「楓葉の目。あの眼帯の下。
あの目は、もう真っ白で使い物にならないんだ。
老化、というものらしい。
廉は楓葉が大好きだからね。
僕のせいでそうなったと思って、許せなかったんだろうね」
緊張感漂う空気の中、墨はいつにない真面目な顔でゆっくりと語り出した。
その表情に引きずり込まれるように、虎雅の目も少し緩む。
「楓葉は巻物の力を使った。
初めは里を滅ぼした犯人の名を知るため。
2回目はその理由を知るため。
3回目以降も、犯人の動機を知るため」
「ちょ、ちょっと待てよ!1度で知りたい情報が出てくるんじゃねぇのかよ!」
「だから、君は勘違いしているんだ。この巻物は、そんな便利道具じゃない」
墨は小さく溜息をついた。
そしてやれやれ、とでも言いたげに首を竦める。
「確かにこの巻物には、この世の文字を全て写し出すことができる。
そりゃあもう、文字として生まれたのならどんな文字でさえも」
「…聞いた」
「ああ、そうだろう。でもね、どの文字を写し出すかどうかは使用者に委ねられるんだ」
「は?」
虎雅は片眉を下げた。
それを見た墨は、彼の眉間の間に人差し指を突き立てる。
もちろん虎雅は逃げ出そうとするが、なぜか身体が動かない。
「…あの人の書いた恋文が読みたい。あの皇帝が書いた密書の内容が知りたい、可能だ。だがしかし。
里を滅ぼした犯人の名前を知りたい、それは不可能なんだ。
もっと情報を集めないと、欲しい文字を探し当てることはできない」
墨は片手の巻物をじぃっと見つめた。
黄色の瞳は細くなり、巻物の遥か奥深くを見つめているようだった。
彼はさらに続ける。
「おそらく、楓葉は僕が説明した時に巻物の能力を正しく理解したんだろう。
だからこそ、彼は警護官になる道を選択した。
そのせいか、犯人の名前はすぐに浮かび上がらせることに成功したよ」
墨は虎雅の額にある指先を軽く弾いた。
咄嗟の衝撃に、虎雅は思わず尻餅をつく。
「…でもね、その犯人には未だ復讐できてないんだ。彼もね。50年分もの寿命を使ってもなお」
「ご、50…年!?」
毀れた刃先に月明かりが反射する。
その光は真っ直ぐに墨に向かっていった。




