タイトル未定2026/01/26 07:09
春の終わり、黄砂が街を包み込むある週末の午後。中年の男たちが河川敷に集まり、炭をおこし、ビール缶のプルタブを弾いた。かつて小学生だった彼らは、今ではそれぞれの人生を歩み、頭には白髪も混じる年齢になっていた。
「よっしゃ、焼けたぞー」
大きな声を上げたのは、かつての“餓鬼大将”だった坂本である。小学生の頃から喧嘩っ早く、近所のガキんちょをまとめていた彼は、今では工場の現場監督をしている。
ジュウ……という音とともに肉が焼ける。香ばしい煙が立ち上り、ビールを注ぐ音がそれに重なる。
「しかし、懐かしいなあ……こうして集まるのも何年ぶりだ?」
「10年くらいになるか? 最後は佐野の通夜だったよな」
その名が出た瞬間、空気が一瞬重たくなった。佐野——小学生の頃から穏やかで、誰にでも優しく、夢は医者になることだった。
そして彼はその夢を叶えた。しかし、数年前、彼は自ら命を絶った。
「……あいつ、なんで自殺なんかしたんだろうな」
誰かがポツリとつぶやいた。
「わかんねえよ。あいつ、何でもできたし、性格だってよかった。……俺らなんかより、ずっとまともだったのにな」
坂本がビールを口にしながら、遠くの夕陽を見つめた。黄砂の影響か、空はどこか濁っていた。しかし、そこに沈む夕陽は異様なほど鮮やかな朱色で、まるで空が燃えているかのようだった。
「あれ、綺麗だな」
「黄砂だよ、あの赤さ」
「そうなのか?」
坂本はうなずいた。
「空が濁るからこそ、あんなに赤く見えるらしい。皮肉なもんだよな」
誰かが佐野のことを思い出すように言った。
「そういや、あいつ、小学生の時……覚えてるか? 夏休みに俺たち、馬鹿みたいに日本酒持ち出して、近所の裏山で飲んだろ?」
「ああ……あったな」
「佐野、顔真っ赤にして『俺たち、今日のこと一生忘れないよな』って言ってさ」
「あいつ、そういうとこあったよな……感情をまっすぐに出すっていうか」
静かな時間が流れた。風がふき、黄砂を含んだ空気が河川敷を包む。夕陽がゆっくりと沈んでいく。
「……たぶんさ」
坂本が、ぽつりとつぶやいた。
「俺たち、心が濁ってきたんだろうな。あいつは、きっと最後まで濁らなかった。でもな、濁るのも、悪いことばっかじゃないのかもな」
「どういう意味だ?」
「綺麗すぎると、生きづらいってこともある。人の裏も、理不尽も、飲み込んで生きていくには、少し濁ってた方が楽かもしれない。黄砂で空が濁るから、あんな綺麗な夕陽が見える……なんか、そんな気がしてな」
誰もすぐには言葉を返さなかった。やがて、ひとりがつぶやく。
「……そうだなぁ」
もうひとりも、ビール缶を掲げながら言った。
「たまには、汚れてみるのも……生き残る術かもな」
そうして皆、黙って赤く染まる空を見上げていた。夕陽はゆっくりと沈み、黄砂の空は次第に闇へと変わっていった。
だがその朱色の記憶だけは、胸の中に、鮮やかに残っていた。




