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第9話 猶予か拷問か

同日夜(オリバー視点)


夜になっても、彼はここにいる。

それだけで、胸の奥が落ち着かない。

灯りを落とした部屋は静かで、外の音も遠い。


オーグは椅子に腰掛けながら、今は食後のお茶を飲んでいる。


「無理は、していませんよね?」


なるべく、いつも通りの声で尋ねる。

詰問にならないように、抑える。


「してない。問題ない」

即答。視線は逸らされない。


…本当だろう。

「なら、よかったです。」


彼の背後に回り、そっと肩に手を置く。


びくりとした反応が、指先から伝わる。


「…緊張してます?」

「…いや」


嘘だ。

肩の筋肉が、微かに強張っている。

ゆっくり、肩に指を食い込ませる。

ほぐすように、円を描く。


「…今日くらい、休んでください」


自分に言い聞かせるみたいに、そう言った。

オーグの呼吸が、少しずつ深くなる。

それを感じるたび、理性が削られていく。


(…だめだ)


昼間から、ずっと。

触れたい、確かめたい、離したくない。

その全部を、積み上げてきた。


「オリバー」


名を呼ばれる。

たったそれだけで、指が止まった。

「…何でしょう」


振り向いた彼と、視線が合う。

近い。

昼よりも、ずっと。


灯りに照らされた瞳は、あの夜空の色。

青金石の深い青が、まっすぐ僕を映している。


(……綺麗だ)


喉まで出かかった言葉を、飲み込む。


代わりに、額に軽く触れた。

触れるだけ。

それ以上は、しない。


「今日は、ここまでです」

自制を、言葉にして縛る。

「……?」

不思議そうな顔。

無防備で、信頼しきった表情。

それが、何より危険だった。


「これ以上は……僕が、持ちません」


正直に言うと、胸の奥が少し軽くなった。


オーグは一瞬目を瞬かせ、それから、ほんの少しだけ笑う。


「…そうか」


その一言が、許可のようにも聞こえてしまう。

だから、距離を取る。

一歩、下がる。


背を向ける前に、低く告げた。

「……今夜は、ちゃんと休んでください」


部屋を出る直前、背中越しに感じた視線が、やけに熱かった。


扉を閉めて、深く息を吐く。


(……危なかった)


壁に手をつき、額を預ける。


休みは五日もある。


そう思った瞬間、


それが“猶予”なのか“拷問”なのか、分からなくなった。




眠れない。

目を閉じても、闇の中に浮かぶのは一つだけだった。

(…オーグ】


寝台に横になり、天井を見つめる。


呼吸は整えているはずなのに、胸の奥がざわついている



今日、確かに抱きしめた。

確かに、触れた。

無事も、温度も、鼓動も、全部確かめた。


それなのに。


(足りない)

そんな言葉を自分に使う日が来るとは思わなかった。


彼の立ち姿。

少しだけ疲れた肩。

名前を呼ぶ声。


思い出すと落ち着かなくなり、寝返りを打つ。

シーツが擦れる音が、やけに大きく聞こえた。


彼が剣を握っている姿を、想像してしまう。

血の匂い。

張り詰めた空気。

無傷だと分かっているのに、思考が勝手に最悪を拾ってくる。


「……」


無意識に、手を伸ばしていた。

そこに、彼はいない。

指先が空を掴み、胸の奥がきゅっと縮む。


(…五日)

たった五日。

そう思う一方で、今夜一晩がやけに長い。


彼の瞳が脳裏に浮かぶ。

夜空のような青。

自分を映して、安心したように潤むあの色。


(あれは……反則です)


静かに、額を覆う。


舞踏会で見せた自分の顔。

冷たく、他人のような仮面。

―あれを、彼はどう見ていたのだろう。


…独占欲なんて似合わないと思っていた。


でも、あの視線を向けられるたび、それが確かに存在するのを思い知らされる。


寝台から起き上がり、窓辺に向かう。


夜風が、火照った思考を少しだけ冷ましてくれる。


空を見上げる。

星は、あの庭ほどよく見えない。


それでも、暗闇の奥に光る点が、彼の瞳と重なった。



(…夜が好きになった理由)


あの時は、冗談半分だった。

けれど、今ならはっきり言える。


夜は、彼を思っても許される時間だからだ。



触れられなくても。

声が聞こえなくても。

想うことだけは、止めなくていい。


朝になれば、また平静を装う。


理性を整え、彼の前では穏やかに笑う。




でも、今夜だけは。


眠れないこの時間だけは、


「……オーグ」

小さく名を呼ぶ。


答えはない。


それでも、不思議と胸は少しだけ落ち着いた。


再び寝台に戻り、目を閉じる。


眠りは、まだ遠い。


だが――


五日間は、確かに始まっている。






同日深夜(オーグ視点)


目は閉じている。


けれど、眠ってはいなかった。



寝台に横になり、天井の暗がりを感じながら、呼吸だけを整えている。


体は疲れているはずなのに、意識が沈まない。


(……オリバー)


昼の再会。


夜の静かな時間。


触れられそうで、触れられなかった距離。


それが、胸の奥でずっと燻っている。


「……」


寝返りを打つと、布がかすかに鳴った。


その音に、なぜか緊張する。


同じ屋敷にいる。


それだけで、神経が研ぎ澄まされてしまう。


遠征中は、眠れた。

疲労に任せて、何も考えずに。


でも今は違う。


安全で、温かくて、


――守りたいものが、すぐそばにある。


それが、眠りを遠ざける。


目を閉じると、思い出す。


舞踏会の、あの姿。

知らない顔。

知らない距離。


胸が、きゅっと締まる。


(……私の、だ)


誰に言うでもなく、心の中で呟く。


独占欲だと分かっている。

分かっているから、余計に始末が悪い。


夜の庭で見た瞳。

微笑み。

名前を呼ぶ声。


(……会いたい)


今日だけで、何度そう思ったか分からない。


でも、我慢した。


オリバーが抑えているのが、分かったから。

彼は強い。

理性的で、優しくて、無茶をしない。


だからこそ、無理をしている時ほど、分かりにくい。


胸の上に、そっと手を置く。

鼓動は、まだ少し早い。


「……眠れないな」


小さく呟くと、部屋の静けさがそれを飲み込んだ。


ふと、気配を感じた気がして、息を止める。


――違う。

誰もいない。


それでも、なぜか安心する。


(同じ夜を、過ごしてる)




根拠なんてない。

でも、確信に近い感覚があった。




同じ空の下。


同じ時間。




それだけで、少しだけ胸が落ち着く。




「……明日」




明日になれば、

また顔を見られる。

声を聞ける。


それを思い、ゆっくり息を吐く。

瞼が、ようやく重くなり始めた。

眠りに落ちる直前、


最後に浮かんだのは――



抱きしめた時の、あの温もりだった。




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