第8話 解放される日
オーグ視点
無事に討伐を終えて王都に戻ったのは、昼過ぎだった。
装備を解き、報告を終え、ようやく解放される。
(……オリバー)
足が、自然と向かう。
考えるより先に、体が覚えている。
自室の扉を開けた瞬間、空気が違った。
静かで、温かい。
「オーグ」
名を呼ばれるより早く、腕を掴まれた。
引き寄せられる。
強く、逃がさない力。
次の瞬間、胸に顔を埋められる。
言葉は、ない。
ただ、呼吸の音。
鼓動。
体温。
オリバーの指が、背中に食い込む。
抑えていた力が、そのまま出てしまったような抱き方。
「……」
何か言おうとして、喉が詰まる。
代わりに、こちらも腕を回した。
触れているだけなのに、息が苦しい。
「…待たせて…すみません」
低く掠れた囁きに胸が苦しくなる。
「…待った」
短く答える。
それだけで、オリバーの肩が小さく震えた。
顔を上げる
あの穏やかな微笑みは、どこにもない。
必死に抑えてきた感情が、縁まで満ちている。
「…無事で」
その一言に、胸が締め付けられる。
「当たり前だ」
そう返したつもりだったが、声は少し揺れた。
オリバーの手が、頬に触れる。
指先が、確かめるように、何度もなぞる。
許可を求めるような、確認。
「今更だろ」
次の瞬間、抱き寄せられる。
深く、強く。
逃がさないという意志が、はっきり伝わる。
唇が額に触れ、こめかみへ、頬へ。
「……生きててくれて、ありがとうございます」
小さな囁きが、胸の奥に落ちる。
言葉は、もう要らなかった。
ただ、ここにいる。
それだけで、十分だった。
外の喧騒は遠く、時間が溶けていく。
休みの五日間の始まりは、
静かで、熱を孕んだ再会だった。
解放初日(オリバー視点)
――やっと、終わった。
外交任務の最終報告を提出し、形式ばった言葉をすべて終えた瞬間、張り詰めていた糸が一気に緩む。
立ち去る背中を見送りながら、僕の思考はもう一つしかなかった。
(……オーグ)
遠征に出る彼を見送ってから、何度、時間を数えたか分からない。
会えないことには慣れているはずなのに、今回は違った。
すぐそこにいるのに触れられない。
声も、視線も、自由じゃない。
それが、今日で終わる。
(来た)
理屈じゃない。
足音でも、気配でもない。
胸の奥が、はっきりとそう告げた。
次の瞬間、視界に入る姿。
鎧を外したばかりの、少し疲れた顔。
(……無事だ)
それだけで、息が詰まる。
名を呼ぶより早く、体が動いた。
腕を掴み、引き寄せる。
思ったより力が強く出てしまったが、もう止められなかった。
胸に、抱き込む。
温度。
重み。
呼吸。
確かに、ここにいる。
言葉が出ない。
喉の奥が、熱で塞がれている。
指先が、背中に食い込む。
抑えてきた分だけ、抱き方が分からなくなる。
「……」
彼が何か言おうとする気配がして、さらに力を込めた。
離したら、全部こぼれてしまいそうだったから。
「待たせて…すみません」
ようやく声にした言葉は、情けないほど低く、掠れていた。
返ってきた短い返事。
その一言で、胸の奥が震えた。
顔を上げる。
彼を見る。
……だめだ。
視界が、滲む。
必死に保っていた均衡が、崩れていくのが分かる。
でも、今はそれでいい。
手を伸ばし、頬に触れる。
生きている証みたいに、何度もなぞる。
「……触れていいですか」
自分でも驚くほど、弱い声だった。
返事を聞いた瞬間、理性の最後の留め金が外れる。
額に、頬に。
存在を確かめるように何度も触れる。
「……生きててくれて、ありがとうございます」
言った途端、胸が苦しくなった。
こんな言葉、本当は言いたくなかった。
当たり前に帰ってくると、信じていたかった。
でも――
腕の中の温もりが、すべてを肯定してくれる。
離れたくない。
けれど、壊したくもない。
だから、今はただ抱きしめる。
ようやく与えられた二人の時間の、始まり。
僕はもう一度、彼を胸に抱き直した。




