第6話 舞踏会の後
オーグ視点
一日目
朝の王宮は、いつもと変わらない。
廊下を歩き、挨拶を交わし、書類に目を通す。
皆、昨日の舞踏会の話題を口にしていたが、私は必要以上に耳を向けなかった。
オリバーは忙しいんだろうな。
国賓の護衛と折衝に付き、気を抜く暇など、ないだろう。
それは分かっている。
だから私は、彼を探さない。
視線が自然と近衛の詰所へ向きかけて、すぐに逸らす。
仕事に集中しろ!
昼を過ぎ、日が傾いても、彼の姿は見えなかった。
それでも胸はざわつかない。
これは任務だ。彼の大切な仕事だ。
夜、部屋に戻り、灯りを落とす。
窓の外に星が見えたが、長くは見なかった。
昨日とは違う。
今夜は、見る理由がない。
二日目
昼前、廊下ですれ違った近衛兵の制服に、心臓が跳ねた。
違う、とすぐに分かる。
歩き方も、視線の置き方も、まるで別人だ。
それなのに、胸の奥がきゅっと縮んだ。
(……思い出している)
舞踏会の終わり。
バルコニーで囁かれた声。
背に触れた、確かに優しい手。
思い出そうとしていないのに、身体の方が覚えている。
指先が熱を持つ。
息が、ほんの少し浅くなる。
仕事中だ。
書類に視線を落とし、深く息を吐く
夜。
部屋に戻ると、無意識に窓辺へ行っていた。
星が瞬いている。
綺麗だ、と、思う。
だが隣に彼はいない。
夜は静かで、広くて、少しだけ心細い。
昨日より、少しだけ。
三日目
遠征の指示が出た。
装備の点検を終え、剣を磨く。
指先に伝わる重さと冷たさが、思考を現実に引き戻す。
今日も、彼には会えなかった。
――それでも。
胸の奥に浮かぶのは、不安ではなく、信頼だった。
オリバーは、私を放っておく人ではない。
必要なら、必ず言葉をくれる。
だから、待つ。
自分に言い聞かせるように呟き、剣を鞘に納める。
夜明け前、王都を発つ準備をする。
空はまだ暗く、星がかすかに残っていた。
(帰ってきたら、きっと)
そう思いながら、私は門をくぐる。
会えなかった。
けれどその分、胸の中には確かなものが積もっている。
――信じている。
それだけで、歩いていける。
オリバー視点
一日目
王宮の朝は騒がしい。
国賓の護衛、動線確認、儀礼の段取り。
頭は冷静に動いている。判断も早い。
――問題ない。
仕事は、いつも通り完璧だ。
なのに。
視界の端に、彼の姿を探してしまう自分に気づく。
(…違う)
まだ任務中だ。会える日じゃない。
舞踏会の余韻が、まだ身体に残っている。
あの瞬間の、あの視線。
バルコニーで肩の力が抜けた顔。
思い出すたび、胸の奥がきゅっと締まる。
仕事中だ。
近衛の顔に戻る。
声色を整え、感情を切り離す。
それでも夜、部屋に戻った途端、息が深くなる。
窓辺に立ち、空を見る。
星は、綺麗だ。
――ああ、これは駄目だ。
彼と見た星空を、思い出してしまう。
灯りを落とし、ベッドに腰を下ろす。
触れていないはずの温もりが、まだ掌に残っている気がした。
二日目
外交官の一人が、笑顔で声を掛けてくる。
「舞踏会での舞、本当に見事でした。姫もいたく感銘を受けたようで!」
胸の奥が、冷たくなる。
「光栄です。職務ですから」
言葉は丁寧。
表情も、崩れていない。
だが内側では、違う声が渦巻く。
夜、廊下ですれ違う人影に、一瞬だけ期待する。
違う。
分かっているのに、勝手に期待してしまう自分が腹立たしい。
(会えない)
それだけで、こんなにも落ち着かないなんて。
部屋に戻り、制服を脱ぐ。
手袋を外すと、あの日に彼が頬を擦り寄せた感触が蘇る。
思わず、額に手を当てる。
「……馬鹿ですね、僕は」
静かな声が、誰にも届かず消えた。
三日目
朝、報告書に目を通しながら、ふと日付を見る。
明日から、彼は遠征。
胸の奥が、ずしりと重くなる。
(また、離れる)
分かっている。
軍人として当然のことだ。
それでも、昨日までの「会えない」とは違う。
今度は、本当に距離ができる。
昼、王宮の庭を通る。
あの夜、並んで歩いた石畳。
無意識に足が止まる。
何も言えず、何も出来ず。
ただ任務を全うするしかない。
夜。
机に向かい、手紙を書く……が、すぐに止めた。
書いてはいけない。
今は、まだ
紙を閉じ、深く息を吐く。
「…10日は長いなぁ」
小さく呟く。
この任務が終われば5日間の休みだ。
誰にも邪魔させない。
――だから、耐える。
彼を想い、距離を保ち、仕事に徹する。
互いに会えず、互いに耐えていることを知らないまま。
だが、心は確かに、同じ場所を向いていた。




