第四話 空き部屋での囁き
廊下を歩いていたら、不意に腕を掴まれ、空き部屋に連れ込まれた。
ドアに押し付けられ、相手に視線を合わせると――
「…何、簡単に連れ込まれてるんですか…」
鋭い視線に射抜かれて、体が固まる。
「…オリ、バー?…なんで、怒って…?」
ずっと会えなくても我慢していたのに、何故怒られなければいけないのか。
あまりの理不尽に、視界が歪む。
「…え?いつ、僕だと判断したんですか?」
「っ!だって、腕の掴み方も引き寄せ方も、オリバーだった。」
「…掴み、かた?」
「オリバーは、私を痛めるような触り方しない」
「っ…!…ハァ…オーグには敵いませんね。…怖がらせてすみません」
いつもの優しい眼差しに、力を抜けば抱きしめられる。
香る匂いも、普段のオリバーとは違う。
オールバックに髪を撫で上げ、近衛の制服を纏い、凛々しく強い意志を感じる目をした男らしい顔。
変な感じだ。
でも――
「私が君の手を間違えるわけ無いだろう?」
オリバーの手を取り、手の平に頬を擦り寄せる。
「ああ、もう!あなたって人は、どれだけっ…!!」
頬や首筋に、いくつもキスを降らされる。
「んっ…!」
思わず体が反応するが、オリバーは止まらない。
「…っ、オリ、バ…?」
叫びたいのに声にならず、ただ震える体を預けるしかない。
「ハア…オーグ、僕の可愛いオーグ。貴方に会えない日々は辛すぎる…!」
「ン、わたし、も…」
背に手を回して抱きしめる。
馴染みすぎた温度にホッとする。
「クッ…勝手ですみません。もう、仕事に、戻らないと…っ!」
苦しそうな顔のオリバーは、最後に額にそっとキスを落としながら囁いた。
「オーグ、愛してます。」
そして部屋を出ていった。
*(オリバー視点)
国賓の歓迎役として、僕は王宮勤務になった。
機密のためにオーグは会えず、連絡もできない。
それが、こんなに苛むとは思わなかった。
通りがかった廊下の端で、ふと見かけたしょんぼりしたアウグストを前に、理性の限界が訪れた。
「……もう、耐えられない」
空き部屋にアウグストを連れ込む。
いつもと違うから攻撃されるかもしれない、と思ったのに、呆気なく壁に押さえ込まれる姿に、胸がぎゅっと締め付けられた。
(なんて無防備な…!)
僕は怒りにも似た衝動を覚える。
だが、それは一瞬で消えた。
彼は僕だと分かっていたというのだ。
さらに
「私が君の手を間違える訳ないだろう」とオーグは、愛おしそうに手に擦り寄る。
その温もりと匂いに、頭の中がぐるぐると熱くなる。
―全てが愛おしくて、たまらない!
(まだ、まだ一緒に居たい)
胸の奥からそう叫ぶ自分を抑え、歯を食いしばる。
「仕事に戻らないと…」
自分に言い聞かせるように声に出し、視線をほんの少しだけ外す。
恥ずかしそうな顔、潤んだ瞳、かすかに漏れる吐息。
あまりに可愛いその姿に、理性はさらに危うくなる。
――でも、僕は踏みとどまる。
この時間を、たった一瞬でも長く味わいたい衝動を抑え、深呼吸して背筋を伸ばす。
「もう、仕事に戻らないと」
そう言いながらも、オーグの手をぎゅっと握る。
オーグの瞳が、少し寂しそうに、でも信頼を託すように僕を見つめる。
その視線に、胸の奥が熱くなる。
ああ、僕の可愛いオーグ!
こんなにも近くにいて、まだまだ抱きしめていたいのに、離れなければならないなんて!
最後にそっと額にキスを落とす。
「オーグ、愛してます」
その温もりの余韻を抱えながら、僕は部屋を後にした。
*(オーグ視点)
…彼にも、限界があったらしい。
頭の中で繰り返される、頬や首筋に触れられた感触と、低く響いた囁き声。
あの強いオリバーが、自分にだけ見せた、甘くもワイルドな一面――それが脳裏から離れない。
思い出すだけで、体が熱くなり、鼓動を止められない。
しばらくして、少しずつ呼吸を整え、壁に手をついて立ち上がる。
深く息を吐くと、胸の高鳴りはまだ残っている。
それでも、心の中でひとつだけ確かなことがあった。
(私は、彼に愛されている―)




