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トロピカル・ナイト・シティ  作者: 真好


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15.裸の隕石(2)

15.裸の隕石(2)


 さっきも声を聞いたが、今回ははっきりとその音が届く。

 ひどく機械的な、男性に近いノイズが混じる声だった。性能の悪いラジオよりも音質が悪く、辛うじて聞き取れるレベルだ。だからこそ、スケッチブックで意思疎通していたのだと納得した。

「怪我はないか?」

 白熊が尋ねてくる。

 私は自分の体をざっと確認する。異常なし。迅璃も、私に抱きつかれたまま、まったく問題ないどころか、むしろ元気そうに見える。その証拠に、彼女が代わりに白熊へ返事を飛ばした。

「大丈夫だよ。君こそ大丈夫?」

「いや、大丈夫どころか、めっちゃ嬉しいよ。こんな美味しい魚をたくさん食べられてさ」

「それ、美味しいの?」

 私が眉間に皺を寄せて尋ねると、白熊はピラニアを一匹差し出してきた。

「食べてみる?」

「いや、遠慮する」

 即座に断ると、白熊はバッテリーの板――まるで筏のようになったその上に再び乗り込んできた。車は隕石の如く落ちて大破したというのに、この白熊はヒッチハイクをやめない。たいした奴だと感心しながら、ふと白熊の首に私の空色のマフラー――鎮痛剤が巻かれていることに気づいた。

「それ、返してもらえる?」

 白熊は慌ててマフラーを外し始めた。

「あ、ごめん、ごめん。つい巻いちゃった」

 バツが悪そうに弁明する。

「だってさ、俺、裸だから」

「でも、その白い毛並みをまとってるじゃないか」

「え? でもこれ、毛だよ。服じゃない。俺も一応、文明的なロボットだから、服がないとちょっと落ち着かない設定になってるんだ」

 白熊のどうでもいい話を聞いているうちに、ふと私と迅璃が裸であることに気づいた。

 服はすべて燃え尽き、溶けてなくなっていた。

 肌は頑丈で、再生能力も備わっているから、迅璃も私も火傷ひとつなく綺麗なままだったが、糸一本まとっていない状態は、さすがに恥ずかしかった。

 今、この辺りで一番目立っているのは私たちだ。

 隕石のように落ちてマグマの海を作ってしまったのだから仕方ないが、近隣のヒューマノイドロボットたちの視線を一身に浴び、恥ずかしさのプレッシャーだけで押し潰されそうな圧力を感じ始めた。

「やれやれ、仕方ないな、青少年たち。裸なんてそんなに恥ずかしいことじゃないのに。ちょっと気まずいだけだろ? 誰も気にしてないよ」

「いや、他人がどう思うかは関係ない」

 私が率直に言う。「自分が恥ずかしいんだ。そこが問題だ」

「やれやれ」

 白熊は静かに首を振ると、突然体を膨らませた。

 正確には、体そのものではなく、毛並みが膨らんだのだ。

 静電気が全身を走ったかのように、毛がパチパチと音を立てて直立し、ギラギラと燃えるように広がっていく。白熊の姿が一層大きく、丸みを帯びたシルエットに変わった。

 その白い毛の塊の一部が、布のように平たく変形し、まるで私と迅璃を優しく包むように覆い始めた。

「えっ」

 白熊の予想外の配慮に、私は心から感動した。

「ありがとう」

「これくらい、どうってことないよ」

 白熊はピラニアを咀嚼しながら言う。

「車に乗せてくれてありがとう。ヒッチハイク、ずっとやってみたかったけど、誰も乗せてくれなかったんだ。俺、でかいからさ。最近のみんな、ちっちゃい車ばっかり乗ってるし、俺を乗せるスペースなんてないんだよね」

「ああ、うちの車もギリギリだったしな」

「うん、とにかくありがとう。おかげでドライブ楽しめた。これがお礼だ」

 そう言うと、白熊は自分の体から切り離した――いや、裁断した白い毛の布を、私たちの体に合うサイズに整えて手渡してくれた。

「俺の毛って、結構高級品なんだ。これでヒッチハイクの料金としては十分だろ?」

 私は笑ってしまう。

「ヒッチハイクなのに料金払うの?」

「チップだよ」と白熊。「料金はなくても、チップを渡すのが最近の地球じゃ流行ってる新資本主義のやり方らしいぜ」

「へえ、知らなかった」

 勉強になる白熊だなと思いながら、その好意をありがたく受け取った。両手で渡された布を触ると、白い毛並みの柔らかな肌触りが心地よく、まさに上質な毛布のようだった。

「でも、ごめんな」と白熊。「布は提供できるけど、服に仕立てるのは無理なんだ。これ持ってデザイナーにでも相談して、服作ってもらったら? 君たちの場合、制服がいいかな?」

「そうだな」

 私は布を手に持って撫でながら言う。

「でも、これだと冬用の制服になりそう。この街で着られるかな」

「君たち、この暑すぎる街を出るんだろ?」

「まあ、そうだけど」

「だったら、いつか寒い街に行くかもしれない。未来を見越して準備しといた方がいいよ。今に縛られず、備えるのが賢明だ」

「確かに」

 賢い白熊だなと感心し、改めて礼を言う。

「ありがとう。君はこれからどうする?」

「うん、そろそろ北極星に帰ろうかな」

「北極星?」

 私は驚いた。

 抱き合ったままの迅璃も同じだったのか、弾んだ声で尋ねる。

「白熊ちゃん、北極星から来たの?! そんな遠くから?」

「まあ、白熊だからな」

「すごい。アバターじゃなくて? 本体で来たの?」

「うん。俺、アバターは持ってない。体を複数持つなんて、面倒くさいだけだし」

「すごい! 北極星ってどんなところ?」

 迅璃が立て続けに質問すると、白熊は顎に手を当て、0.02秒ほど考えて答えた。

「コーラが美味い」

「おお、なんか分かる気がする」

 私と迅璃は思わず頷き合った。

 そんなふうに、トロピカル・ナイト・シティの中心を大いに賑わせた――いや、めちゃくちゃにした私たち三人は、消防団や救急車、警察たちの視線に囲まれ、北極星の話を続ける余裕を失った。

 面倒な状況に巻き込まれる前に、私と迅璃は白熊と別れを告げることにした。迅璃の車のバッテリーの筏は白熊に餞別として譲り、代わりに冬用の白い布を受け取るという物々交換を済ませ、旅の第二フェーズに突入した気分だった。

 遠くから迅璃を見つけた警察が近づいてくる前に、私たちは隕石の衝撃でできたマグマの海が氾濫する大通りを、裸のまま急いで抜け出した。

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