6.ショッピングモール
土曜日──貴斗との約束の日。
和樹は大慌てで家を飛び出した。
(……やばい、遅れる!)
朝から緊張で喉が渇き、水を飲んではトイレに駆け込む。その繰り返しで着替えも準備も一向に進まなかった。
いつもは家を出る十分前に起きても余裕なのに、今日ばかりはそうにもいかない。
(服、あんなに迷ったの初めてだし……!)
タンスの中身を全部取り出して、鏡の前で何度も着ては脱ぎ、組み合わせを考えて……。そんなこと、自分には縁がないと思っていた。
ようやく決まった服を着て家を飛び出し、息を切らせて集合場所へと走る。そこには、すでに貴斗が立っていた。
「貴斗……!ごめん、遅くなった!」
「遅くなんてないよ。俺がたまたま早く着いただけだから。ほら、行こっか」
「……うん」
貴斗は私服でも、どこか人目を引く。シンプルな服装なのに、まるでモデルみたいだ。
(……いやいや、落ち着け。これはいつもの貴斗だ)
変に意識してしまうとダメだった。
和樹の視線は隣に歩く貴斗を無意識に向けてしまう。
そんな視線に気づいたのか、貴斗が軽く微笑んだ。
「……和樹、今日は特におしゃれだね」
「そ、そうか?別に、いつもと変わらないと思うけど……」
「ううん。今日は特に可愛い」
「やめろよ……」
「ごめん。今日はちょっと浮かれているんだ」
「あっそ……」
和樹のぶっきらぼうな返事にも、貴斗は嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を見ていると、和樹の胸の奥が少しだけ熱くなったような気がした。
◇
「これ、和樹に絶対似合うって」
服のラックを覗き込んでいた貴斗が、白地に黒のラインが入ったシャツを手に取る。
「は?こんなの俺が着るタイプじゃ……」
「いいから、お願い。試着だけでいいから」
貴斗にぐいぐい押されて、気づけば試着室の中だった。
渋々着替えて外に出ると、貴斗が息を呑むように一瞬固まった。
「……なに、そんなに似合ってない?」
「いや……めちゃくちゃ似合ってる。俺の目に狂いはなかった」
「うるさい。もう脱ぐ」
「待って、もうちょい見せてよ」
顔を真っ赤にしながらシャツの裾を引っ張る和樹に、貴斗は嬉しそうに眺めていた。
◇
それから、ゲームセンターや雑貨屋と色んなお店を二人は巡り歩いた。
夕暮れが差し始めた頃、二人はショッピングモールの屋上へと向かっていた。ライトアップされる時間が迫り、空はオレンジ色に染まりつつある。
(このタイミングで、貴斗に……)
「貴斗……!」
ちょうどその時、大勢の人が二人の背後を通り過ぎていく。
和樹の声に振り返ろうとした貴斗が、ふと、群衆の中のひとりに目を留めた。そして、その相手──見知らぬ少年も、貴斗を見つめ返す。
その瞬間、空気が変わった。
まるで、時間が止まったかのように。
二人だけの世界があるかのようだった。
何かに導かれるように、無言のまま互いに歩み寄ろうとする貴斗とその少年。
その光景を目にした和樹の脳内には、兄とその運命の番が思い浮かんだ。
嫌な予感とともに、胸に冷たい痛みが貫いた。
──運命の番、だ。
──彼は貴斗の運命の番だ。
──運命の番は本当に結ばれるべき相手だ。
息を呑みながら、和樹は呟く。
「たか……と……」
その声に貴斗が振り返りそうになった瞬間──和樹はその場を飛び出していた。
必死に走った。今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。
何も見たくない。
運命の番を見つけてしまった貴斗なんて見たくなかった。
(もし、“あれ”が貴斗の運命の番だったら……)
(……もう、俺が入り込む隙なんかないじゃん)
貴斗が運命の番に心を奪われてしまったら、ベータである自分では勝てっこない。
(告白……してなくてよかった)
誰にも気づかれないように、人混みの中へと姿を消していく。
足は止まらない。涙も止まらない。
ライトアップされた屋上を背にして、和樹は無我夢中で家へと向かった。