5.もう逃げたりしない
授業終わりのチャイムと同時に、和樹は教室を飛び出した。
そして、勢いのままに貴斗の教室の前へと立つ。扉越しに立つ和樹の存在に、貴斗はすぐに気づいたようだった。
一瞬ためらいながらも、和樹は貴斗の方へと歩み寄る。
「……ちょっと、来い」
返事を待たず、和樹は貴斗の手首を掴んだ。
そのまま、無言で誰もいない屋上へと足早に歩いていく。
屋上への扉を開くと、夕方の風が二人の頬を撫でていく。
ガチャンと扉が閉まり、静寂の中で和樹は口を開いた。
「……勝手にマーキングするなよ」
貴斗は少しだけ目を伏せ、小さく呟いた。
「ごめん……」
「俺の許可を取らずに首元に顔をうずめて……俺のこと、私物みたいに扱うな」
「たとえ和樹に嫌われたとしても……誰かに取られるのがどうしてもいやだったんだ」
「お前、いつもそうやって勝手なんだよ……!俺のこと、いつもぐちゃぐちゃにしてさ」
口調は荒いのに、声はどこか震えている。
和樹はふらりと一歩、貴斗へと近づく。
「……でも、俺も悪かったよ。お前のこと、ずっと避けてきたし……嫌な態度取ってた……」
しばらくの沈黙が続き、貴斗はぽつりと呟いた。
「和樹は悪くない。全部、俺が……一方的に気持ちを押し付けたんだ」
「……それでも。俺はちゃんと向き合うって決めたんだ」
「え?」
和樹の目はまっすぐに貴斗と捉えていた。
「俺はベータで、お前はアルファだ。この先色々あるかもしれない。でも、もう逃げたくない。貴斗のこと、ちゃんと考えるって決めた」
貴斗の目元が少しだけ緩んだ。
「そんなこと言ったら、また俺、調子に乗っちゃいそうだ」
「……勝手なことしたら許さないからな」
「ああ、肝に銘じるよ。……和樹に嫌われることが一番怖いから」
そう言って笑う貴斗は、やっぱりいつもの貴斗だった。
◇
その日は久しぶりに二人で並んで帰った。
最初は少し気まずかった空気も、次第に今までと変わらないような自然なものに変わっていった。
「なあ、貴斗」
「ん?」
和樹は一度唾を飲み込み、覚悟を決めるように口を開いた。
「……あのさ、今週の土曜日……空いてるか?」
「空いてるけど……なんで?」
「ほら、駅の近くにショッピングモールができただろ?貴斗と一緒に行けたら……って思ってさ」
和樹の声はだんだんと小さくなっていく。自信があるとは言いがたかった。
「……嬉しい」
「え?」
「和樹が俺のこと誘ってくれるの、初めてじゃん」
「そうか……?」
「すごく嬉しい。俺も行きたい。土曜日、絶対行こうな」
「ああ」
ショッピングモールに行く日──その帰り道に貴斗に想いを伝えよう。
和樹は心の奥でそっと決意を固めた。