3.体育大会当日
「やめろ。……気持ち悪い」
「……ごめん。忘れて」
あの日以降、貴斗と会話することはなかった。
廊下ですれ違うことはあるが、互いに視線を逸らす。
二人の異変は直ぐにクラスメイトにも知れ渡る。
「あれ?和樹、新木くんは?今日は一緒に帰らねーの?」
「別に一緒じゃなくてもいいだろ」
「ふーん。珍しいこともあるんだな」
和樹は小さくため息を吐く。和樹と貴斗が一緒に帰ってる習慣はクラスの誰もが知っていた。
そして、和樹は貴斗と口を聞くことがないまま体育大会当日を迎えた。
◇
空に広がる青空は絶好の体育大会日和である。吹奏楽のファンファーレが響き渡る中、和樹はテントの影で自分の水筒に口をつけた。
喉を潤いつつも視線は誰かを探していた。
──貴斗の姿を。
(……なんで探しているんだ、俺は)
あの日のことを思い出す度に、胃の奥が重くなる。
あの目も。あの声も。
言葉に表せない気味の悪さと痛々しさの混じった感情── 自分に向けられているものが正直、怖かった。
貴斗のアルファとしての本能を受け止められるほど、ベータである自分は強くはなかった。
プログラムが進んで行く中、貴斗が出場するリレーが始まった。
彼の走るフォームはとても綺麗で速くて無駄がない。周囲からの歓声を浴びながら前に走る選手をどんどん抜かしていく。
「きゃー!新木くーん!!」
「新木くん、さすが!」
「新木、めっちゃ速いな!」
必死に駆けている彼には憧れの視線が向けられている。
それなのに、彼の目に感情が宿っていないように見えた。
(あいつ……調子悪いのか?)
けれど、自分には彼を心配する権利などない。
彼にひどい言葉を投げかけたのは自分なのだ。むしろ、あんな告白を受けて気にかける自分の方がおかしいのかもしれない。
◇
「和樹!次、お前のリレーだぞ!」
「おう、すぐ行く!」
和樹は慌ててゼッケンをつけていると、ふと気配を感じて顔を上げた。
──貴斗だった。
距離にして十数メートル。
同じくリレーの待機列で並ぶ影でじっと和樹を見つめている。
貴斗が何かを言おうとわずかな口を開きかける。しかし、音は届かなかった。和樹が目を逸らしたからだ。
その姿を見た貴斗は目線を下げて歩き出す。
聞きたくなかった。
彼の声を聞いてしまったら、もう戻れないと思った。
(……これでいいんだ)
今はまだ話せない。
貴斗も自分もまだ時間が必要だ。
今話してしまったら、怒りと悲しみの渦を彼にぶつけてしまうだろう。
そして、時間が経てばきっと貴斗も分かるはずだ。
──結ばれるべき相手はオメガだと。
──ベータである自分に構っている場合ではないのだと。
(……これで、いいんだ)
そう自分に言い聞かせていると、笛の音が鳴った。
最後の競技の始まりを告げる合図に、和樹はスタートラインへと歩き出した。
貴斗の方へもう一度振り返った。
しかし、そこにはもう彼の姿はなかった。