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11.最低な二人

 目を覚ますと、視界には白が広がっていた。


 身体は鉛のように重く、起き上がることが出来ない。


「……っ」


 指先を動かそうとしただけで、全身に痛みが走った。


 (……ここ、どこだ?)


 消毒薬と柔軟剤の混じった匂いが鼻をかすめた。ここが病室だと気づいたのと同時にベッド脇から声がした。


「和樹……っ!」


 反射的に声の方へ顔を向けると、そこにはやつれた顔の貴斗がいた。

 制服はぐしゃぐしゃで、目元は濃い隈と涙で腫れ上がっていた。


「ごめん、ごめん……ほんとにごめん……!」


 涙声の謝罪に咄嗟に返すことが出来なかった。


「俺、なんでもするから……」

「……た、かと……」


 喉の奥がひどく乾いていた。声を上手く出せず、かすれてしまう。


 和樹が痛みに耐えながらも手を伸ばすと、貴斗は直ぐにその手を掴んだ。その顔は歪んでおり、ぽろぽろと涙を落としていた。


「……たかと、大丈夫……だったか?」


 和樹が逆に問いかけると、貴斗は目を見開いて叫んだ。


「なんで俺の心配なんかするんだよ!……俺のせいで、和樹が、こんな……!」


 再び強く手を握られた。細くて力の入らない和樹の手を壊れ物のように扱いながらも、貴斗は決して離そうとはしなかった。


「俺さ、アルファとかオメガには薬があるって聞いてたから……それで何とかなるって思ってたのに……お医者さんに『ベータには治療法がない』って言われた時、俺……」

「……そんな顔、するなよ」

「できるわけないだろ!」


 怒鳴られても不思議と腹は立たなかった。

 それどころか、自分がベータである事実が胸に広がっていく。


「……俺、先生たちの制止を振り切っちゃってさ」

「それは俺のせいだろ!」

「怒られるかなって思ってた」

「……ほんと、和樹……」


 貴斗は言葉を失ったまま、和樹の手を額に当てた。大きな身体が、小さく縮こまって見えた。


「なぁ、貴斗」

「……なに」

「俺って……“番”にはなれないんだよね」


 貴斗は黙ったまま、ぎゅっと唇を噛んでいた。


「……それでも好きでいてくれるか?」

「……当たり前だ。好きじゃ足りないくらい、和樹のことが好きだ」


 ◇


 目覚めてから三日が経過した。


 身体の痛みも少し引き、病室の雰囲気にも慣れてきた。しかし、和樹は面会時間が来る度に喉の奥が苦しくなっていた。


「ごめん……身体、痛むよな。……水、飲めるか?」


 貴斗のコップを差し出す手は震えており、どこかぎこちなかった。


 差し出された水を飲みながら、和樹はふと思った。


 (なんか、謝られてばかりだな)



 入院初日から、貴斗は毎日病室に通っている。

 授業が終わればすぐに駆けつけ、面会時間ギリギリまで付き添い、何も言わずに背中をさすってくれていた。


 それだけだった。


 和樹は、その無言の時間がだんだんと苦しく感じるようになっていた。


「……貴斗、俺さ。もう大丈夫だから、お見舞いとか来なくていいよ」


 和樹は冗談っぽく軽く笑って言ったが、貴斗の顔が険しくなった。


「……やっぱり、俺の顔を見るのは嫌か?」

「え?」

「そりゃそうだよな。俺、あんな……アルファの本能でお前を……」


 貴斗の声は震えていた。


「……俺、本当はお前の声、聞こえてたんだよ」

「……」

「『やめて』って。『意味ない』って……でも、止まれなかったんだ。抑えられなかった……っ!」


 貴斗の悲痛な叫びは、和樹の心を抉るものだった。それでも、和樹は黙って聞き続けた。


「俺にとって“番になれないベータ”とか関係なかった。そんなこととっくに知ってた。それでも……噛もうとしたんだ」

「貴斗──」

「最低なんだよ、俺。最低なアルファなんだ」

「それで言ったら、俺も最低なベータだ」

「え?」


 貴斗は驚いた顔で和樹の顔を見つめた。


「……貴斗が悩んでる姿見てさ……正直、喜んでる自分がいるんだ」

「……?」

「こいつ、めっちゃ俺のこと好きじゃんって……」

「当たり前だ。……和樹に嫌われないように必死なんだ」

「だから……俺たち最低な二人なんだよ」


「お似合いだろ?」と和樹は貴斗を抱きしめた。

 貴斗は泣きそうな顔でうなずいた。


「……つまり、無理すんなって言いたかっただけ」

「ありがとう」


 温かいの空間が二人を包み込んでいた。

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