1.不思議な関係性
アルファである新木貴斗は昔から変わらない。
まっすぐすぎるほどの想いを、執着に似た強さでぶつけてくる。
ベータである天橋和樹はそんな彼から何度も告白されている。
「好きだ。付き合ってくれ」
「和樹がいいんだ」
「俺、和樹じゃないとダメなんだ」
最初に言われたのは、中学の卒業間近だった。二人は同じクラスの仲の良い友人だったが、まさか“そういう意味で意識されている”だなんて和樹は思ってもみなかった。
「俺、ベータだよ?」
「知ってる」
「普通の、なんの取り柄もないベータだよ?」
「……俺は、和樹が好きなんだ」
何度断っても、何度離れようとしても、貴斗は諦めようとはしなかった。それどころか、高校に上がっても毎日のように声をかけられ、休日には遊びに誘われるのだった。
◇
放課後になり和樹が帰る準備をしていると、クラスメイトから声をかけられた。
「また新木くん来てるじゃん。天橋~!マジでお前のこと好きすぎるだろ!」
「……おい、やめろよ……」
苦笑交じりに返しながら、教室のドアの方へ視線を向ける。
そこには、いつものように貴斗が立っていた。
変わらず整った顔立ち。ただ立っているだけなのに、まるで舞台の中心にいるかのような存在感がある。
貴斗の視線が和樹を探しているのがわかる。
「新木くんだ……」
「……やっぱりかっこいい!」
「番になるなら、ああいうアルファがいいな~」
教室のあちこちから感嘆の声が漏れる。
和樹と貴斗が通う高校は中学の頃と違い、第二性ごとにクラス分けがされている。
第二性によるトラブルを防ぐために、アルファはアルファクラスに、ベータとオメガは同じクラスに区分されている。
和樹のクラスはベータとオメガで構成されている。
そんな中に、アルファである貴斗が現れれば自然と注目が集まる。
オメガの生徒だけでなく、ベータさえも目を奪われるほど貴斗は際立っていた。
「……じゃあ、また明日」
友人に軽く手を振って、和樹は鞄を持って貴斗の元へと向かう。
「新木くん、また天橋くんと一緒に帰るの?」
「付き合ってないのが不思議だよねー」
耳に入ってきた言葉に、和樹は小さくため息をついた。
(付き合ってないって言ってるだろ……)
近づいてきた和樹に貴斗は微笑みかける。
「和樹……!」
「……今日も来たのか?」
「来たよ。和樹を待つのが習慣だから」
「……ストーカーかよ」
「それでもいいよ。和樹と一緒に帰れるなら」
真顔で返され、和樹はぎょっとする。
「やめろよ。……お前が言うと冗談に聞こえない」
「冗談じゃないけどね」
「ほら、そういうとこ」
軽口を交わしながら二人で昇降口へと向かった。
しつこい貴斗の誘いを断ることは出来たはずだが、和樹が断ることはなかった。
それは、人気者の貴斗を独占できるというささやかな優越感なのか。それとも──
(貴斗はアルファで、俺はベータだ)
(貴斗がもし、運命の番を見つけたらきっと──俺なんかすぐに……)
和樹は“運命の番”に敵うものはないということをよく知っている。
そう思うようになったのは、兄が“運命の番”と出会ったからである。
和樹の兄・瑞樹は家族唯一のオメガであった。けれど、今までオメガとして発現した事がなく、いわゆる“欠陥オメガ”と呼ばれる存在だった。
ベータに近い見た目と体質のせいか、兄は周囲から“欠陥オメガ”だとからかわれていた。本人は気にしていないと流して笑っていたが、和樹はそれが兄なりの強がりだと気づいていた。そして、周囲から気を遣われることを嫌がることも。
しかし、兄は大学に入ってから運命の番に出会った。それから初めてのヒートを迎え、しばらくしてその相手と番になった。
それまでは“どこにでもいる兄”だった人が、まるで別人のように幸せそうに笑っていた。
その笑顔見たとき、確信した。
運命の番は本当に結ばれるべき相手なんだ、と。
「あいつは俺の全部を受け止めてくれたんだ。『俺は欠陥オメガじゃない』って、初めて思えたんだ」
「本人には言えないけど」と幸せそうに笑う兄の横顔を今でも覚えている。
そのとき、和樹は思った。
ベータの自分にはそんな相手は現れない、と。
運命に選ばれない。
誰かの“唯一”にはなれない。
(それなのに……)
貴斗は諦めようとしなかった。
和樹が何度「ベータだ」と言っても、「運命の番が現れるかもしれない」と言っても、「お前はオメガと結ばれるべきなんだ」と言っても。
貴斗は毎日、和樹の元へ来た。
好きだ、と言った。
和樹じゃなきゃダメだ、と言った。
その言葉を聞くたびに胸が痛んだ。その手を取りたいと思ってしまった。
それでも和樹は知らないふりをして、貴斗との関係をずるずると続けていた。たとえ彼の前に運命の番が現れたとしても、「それでもお前がいい」と──あいつなら、そう言ってくれる気がした。
その想いに縋りついてしまう自分が、心の奥にいた。
言葉にならない欲望が静かに奥底に広がっていた。