病の正体
瘴気は人の身体にとっても毒である……というのがこの世界の常識なのですが、普通の毒と違って解毒方法がほとんどないのが、これの厄介なところです。
「二年前に両親は、ヴェルデ領の北で発生した瘴気の対処へ向かった際に、大量の瘴気を浴びたのです」
屋敷へ戻った後、リーフさんはそう話してくれました。
「病というのは瘴気の事だったのですね」
「はい……。薬で瘴気の進行を抑えていますが、消す事は出来ませんでした」
「でしょうね」
私は軽く頷きます。
毒を含んだ瘴気は重さという概念があり、その場から動く事はありません。
ですがそこから土に、水に、植物に染み込んでじわじわと土地を枯らして行くのです。
魔術具で瘴気の被害が広がるのを防ぐ事は出来ますが、完全に消すには浄化の力が必要となります。
コローレ王国は王族が浄化の力を持っているのでまだ良い方ですが、他国はそうでもないらしく苦労しているという話も聞きます。
少々話がずれましたが、そういう事情で浄化をしなければ瘴気がなくなる事はありません。
それは生き物も同様です。薬で進行を抑える事は出来ても、浄化の力でなければ身体の中から瘴気を消す事は出来ない。
――しかし、ここで厄介な話が出てきます。
瘴気が生き物の身体に入り込んでしまった場合、浄化の力が効きにくいのです。
その理由は浄化の力が届きにくいからです。
浄化の力を使おうとしても肉体が盾のような役割になって、瘴気までなかなか届かない。
瘴気は完全に浄化しない限り進行を続けるので、少しでも残すわけにはいかない。
そういう事情で今の浄化方法と相性が悪いのです。
ただ人の身体というは不思議なもので、たまに瘴気を消化してしまう事もあります。
他の生き物が食べたら毒になる食べ物でも、人間なら消化してしまう事があるじゃないですか。それと一緒ですね。
だから人間が瘴気に侵された場合、身体の自然治癒力に任せるしかない、というのが現状。
恐らくリーフさんのご両親は長い時間瘴気に侵されている事で体力が落ちている。そして、深く瘴気が身体を蝕んでいるのでしょう。
「先ほどミモザ様からお話を聞いた時、もしかしたらと思ったのです。……どうか、どうか一度、診ていただけないでしょうか」
リーフさんは胸の前でぐっと手を組んでそう言いました。
家族を愛し、心から案じている一人の人間の顔。
――人が浮かべる表情の中で、私が一番愛しいと思う顔です。
「もちろんですとも、やってみましょう!」
断る理由なんて一つもありませんからね!
私が胸を叩いてそう言うと、リーフさんはパァッと笑顔になりました。
「ありがとうございます!」
「あ、でも、効果がなかったら申し訳ないです。人の身体から瘴気を浄化するのは一度もやった事がないので……」
元気よく答えておいてアレですが、一応、念のためそれだけは伝えておきます。
「はい、理解しています」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか」
「え、あ……今からお願い出来るのですか?」
「こういうのは早い方が良いですからね。初めて浄化の仕事を終えたにしては、私も体力に余裕がありますし」
長い間、瘴気に身体を蝕まれているとしたら、容体がいつ急変するかもわかりません。
リーフさんの様子から察するに、まだそこまで危険な状態というわけではなさそうですけれど、何とか出来そうなら早めに対処した方が良いと思います。
なのでそう言うとリーフさんは安堵した顔になって「こちらです!」と歩き出しました。
気持ちが逸っているのか、ちょっとだけ早足ですね。置き去りにされないように私も同じ速度を維持しながらついて行きます。
……いえ、でも、歩幅! 歩幅の差が出る!
ひいひい言いながら歩いていると、リーフさんがハッとして速度を緩め、こちらへ顔を向けました。
「も、申し訳ありません!」
「い、いえいえ。気持ちは分かりますのでお気になさらず!」
気付いてくれただけで感謝です。
私がへらりと笑って見せると、リーフさんは今度は落ち着いた速度で歩いてくれました。