きっちりやります、お仕事ですから
ヴェルデ領へ向かったのはそれから一週間後の事でした。
何とリーフさんが騎竜でお迎えに来てくれたのです。手厚い待遇です、ありがたい事です。
騎竜とは騎乗出来るように育てられた飛竜の事ですね。
その背に乗って出発したのですが……空から直接見たヴェルデ領の瘴気の被害は想像以上に酷いものでした。
ヴェルデ領は緑の領地と呼ばれております。
豊かな自然を利用した農業や酪農で栄えており、コローレ王国で一番の食糧自給率を誇ります。
そんなヴェルデ領ですが、目で見える範囲ではありますが、森の半分くらいが春にも関わらず枯れた色をしていました。
「もしかしてこれ、精霊の年以前からの状態ではありませんか?」
「その通りです。一年程前から星の源泉の働きが低迷して、瘴気の発生が増えているのです」
リーフさんはそう答えてくれました。
……妙ですね。これだけ酷い状況ならば、精霊の年を待たずとも良かったはずです。
報告をしてくれれば直ぐに王族の誰かが派遣されていたはず。
真面目なヴェルデの領主一族なら、領民のために直ぐにそうしていてもおかしくないのですが……。
「ご報告がなかったのは何故ですか?」
「……私の不徳と致すところです」
若干の思案が混ざりましたね。
ですがお茶を濁そうったってそうはいきません。
「なるほど。本当のところは何です?」
空気を読まずに私がさらに質問すると、リーフさんはまた少しだけ時間を空けて、
「――足並みを揃えろと、言われたのです」
と答えてくれました。
あらま、それはまた随分と酷い事を言われたようですね。
ヴェルデ領の人間ならば、自領がここまで困っているのにそんな事を言う必要はない。
となるとそれを言ったのは他の領地の人間でしょうか。
「足並みを揃えても現状は改善しませんからねぇ」
「仰る通りです。……申し訳ございませんでした」
「あら、あなたが謝罪をする必要はないのでは? ヴェルデの領民に謝罪が必要なのは、あなたにそれを伝えた人間です」
瘴気の発生が死活問題だと身に染みて分かっているはずなのに、良くもまぁそんな事が出来たものです。
「というわけでどなたですか? 言い辛いなら王族の命令って事にして構いませんよ」
「…………」
「目を丸くしてどうしました?」
「いえ、ミモザ様が想像していたよりも、ずっとしっかりしている方で驚きました」
「んっふふ。それはありがとうございます」
もう少し頼りなさそうに見えたんですかね。褒められたのでちょっと気分が良くなります。
「……ジャッロ領とセッピア領のご子息です」
「ははーん」
その二つは確かヴェルデ領をライバル視している領地ですね。
これは単純に嫌がらせと見た。嫌ですね、そういう姑息な真似をする人って。
ま、親がやらせたのか、子供の独断かは調査してみないと分かりませんけれど。
「ちなみにそういうのは、一番上の兄がすごく怒る奴ですのでご安心を」
血の気が多い長兄ですが、次期国王らしく国民の事を一番考えているのも彼です。今回の件を報告したらそれはもう怒るでしょう。
拳が飛んで行くくらいでは済まないでしょうね。自分のした事を理解させるために、何かしらの怖い手段を講じると思います。
「そうなのですか?」
「ええ。コローレの王国の民を守るのが我々の仕事だ――と兄は良く言っていますから」
兄の口調を真似して言えばリーフさんが少し笑います。
「似ています」
「でしょう? 得意なんですよ、兄弟の物真似は!」
ふふん、と胸を張って言います。
家族の物真似をするのは、私のちょっとした特技なんですよ。
皆、私の浄化の力の訓練のために、ずっとそばにいてくれましたから。
だから私以上に、私の家族の物真似が上手い人なんていないでしょうね。
そんな話をしている間に騎竜はぐんぐん進んでいきます。
その間ずっとヴェルデ領の様子を観察していますが、やはり枯れている部分が多い。
瘴気の紫色の靄もしっかりと確認できます。
けれども、あちこちに植物の世話をする魔術具――魔術という今は失われた技術を再現する道具です――が設置されているのも見えるので、リーフさん達も対策を講じているのが分かりました。
努力する人は好きです。諦めずに足掻く人も好きです。
もともと頑張るつもりでここへ来ましたが、もっとやる気が湧いてきました。
「リーフさん。私の浄化の力は、仕事が出来る状態になったと判断はされました。けれども家族と比べると力が弱いのは事実です。……という前提で、ですね!」
最後の方で転調。
リーフさんは少し驚いたように間を空けて「はい」と頷きます。
「浄化はきっちりとさせていただきます。ですので遠慮なく言ってくださいね」
「遠慮ですか?」
「浄化が必要な範囲を最低限にしないでくださいねとも言いますね!」
リーフさんは、はっと息を呑みます。
何となく気を遣われそうな気がしたので、先手を打っておきます。
舐めているというような話ではなくて、浄化の力が弱い私に無理をさせないようにとか、優しい意味でそうなりそうかなと思いましてね。
ま、確かにね。浄化の力を使うのは疲れますよ。そりゃあもう!
でもね、完璧にやり切った方が気持ち良いじゃないですか。後で残っていましたなんて言われたら、私、絶対に落ち込みますもん。
仕事はちゃんとやり遂げたいし、皆に喜んでもらいたい。
そして出来れば晴れやかに王城へ帰りたい。
だから私はリーフさんにそう言いました。
「はい。――肝に銘じます」
リーフさんは神妙な顔でそう返してくれました。
やっぱりこの人、真面目ですね。好印象。
なんて事を考えている内に騎竜は進み、ほどなくしてヴェルデ領の領都へと到着したのでした。