利用された恩返し
瘴気の浄化を終えたのはそれから一時間後の事でした。
石から噴き出た瘴気には手間取りましたが、ここへ辿り着くまでに森の瘴気が減っていたおかげで、発生地点を含めた浄化は考えていたよりもずっと早く終わったんです。良かった良かった。
とんでもなく疲れましたが、何とかなった事に安堵しながら、私がリーフさんと騎竜共に森から出ると、出口付近に憔悴した様子のエマさんとローウェルさんが待っていました。
「あ……! ミモザ様……!」
私達を見たエマさんがホッとした表情を浮かべました。
「お、お怪我はありませんか……?」
「はい。疲れはしましたが、それだけですよ。お二人は大丈夫ですか? 噴き出た瘴気が身体に触れたでしょう?」
「私と兄はリーフ様が直ぐに引き離してくれましたから大丈夫です」
「なるほど。それは何よりです」
具合が悪そうなら、リーフさんのご両親の時のように浄化しようと思っていたのですが、大丈夫そうなら良かったです。
軽く頷きながら今度はローウェルさんの方へ顔を向けます。
彼は気まずそうな様子で、
「た、大変、申し訳ございませんでした……っ」
と私に向かって頭を下げました。
先ほどの刺々しい雰囲気はなくなっていますね。
「いえいえ。あなた達の力の確認を怠り、酷使させたため起きた事故です。私に責任がありますので、謝罪は結構ですよ」
「そんな事は」
「ありますよ。私はコローレ王家の人間です。私の身分にはその責任があります。そうでなくても、私があなた方を雇った形になりますから」
胸に手を当てて出来るだけ安心してもらえるように、にっこり笑ってそう言いました。
雇っている者が失態を犯したら、責任は雇い主が取る。それと同じ事です。
「ただ、お二人の事情と力についてご説明はしていただきますね」
「…………」
私がそう言うと、ローウェルさんは大きく目を見開きました。
そしてぶるぶる震えたかと思ったら、くしゃりと顔を歪め、
「う、うあぁぁぁぁ……っ」
泣き出しました。目からボロボロと大粒の涙が零れています。
「ひいっ!? ど、ど、どうしました!? そ、そんなに怖かったですか!? ご、ご、ご、ごめんなさい!」
人を泣かせた経験があまりない――いえ、そう言えばリーフさんも泣かせた気がしますね!
どうしましょう。そんなつもりはなかったのですが、私の言い方がだいぶきつかったのでしょうか。
私がオロオロしていると、
「お、お兄ちゃん! そんなに泣いたらミモザ様が困っちゃうよ!」
「だ、だって……ううっ、聞いていた話と違って、優しいから……!」
ローウェルさんはエマさんに背中をさすられながらそう言いました。
「や、優しい……?」
「はい。ミモザ様は大変お優しいです」
特別優しい言葉なんてかけていない気がするんですが……。
困惑する私をよそに、リーフさんまで満足そうに頷いています。どうして。
「今のどこに優しい要素が……じゃなくて、えーとえーと、な、泣かないで?」
服のポケットの中からハンカチを引っ張り出すと、私はローウェルさんに差し出します。
彼はしゃくりを上げながら、おずおずとそれを両手で受け取ると、顔をそっと拭きました。
「……僕達の力は先ほどミモザ様が仰ったように、瘴気を固める力……魔術なのです」
赤い目をしながらローウェルさんはそう話し始めました。
魔術というのは古い時代に存在したもので、精霊から力を借りて火を生み出したり、雨を降らせたり……そういう不可思議な現象を起こす技でした。
ずっと昔に人間と精霊との交流が途絶えてからは、ほとんどの人間は魔術も使えなくなり、今は魔術を再現する『魔術具』という道具だけが存在しています。
ちなみにコローレ王家の人間が使う浄化の力は魔術とは系統が違うものですね。
「魔術が使える? 今も……?」
リーフさんが驚いた顔になります。
「確かにかなり珍しい話ではありますが、遠くの国には魔術をまだ使える人間がいるというのは聞いた事がありますね」
確かその話があったのは、海を越えてずっと東へ行った先に島国だったと思います。
「コローレにもいたんですねぇ。私、魔術は初めて見ました」
「…………」
私がそんな感想を言うと、リーフさんを含めて三人がポカンとした顔になりました。
「何か?」
「え、いや……あの、疑わないんですか?」
ローウェルさんが困った顔で聞いてきます。
はて、疑うと言われましても。
「先ほど見せていただきましたし」
「……信じていただけるのですか?」
「ええ、もちろん」
「…………っ」
今度はエマさんまで顔をくしゃりと歪めて、ぽろぽろと涙を零し始めました。どうしよう……。
「……私達、この力のせいでずっと、詐欺の片棒を担がされていて」
「あ、もしかしてうっすら王族の血をという奴ですか?」
「……はい。今回は、そういうのじゃないんですが……それで嫌気がさして逃げ出した先で、獣に襲われて死にかけたんです。それをリーフ様が助けてくれて、住む場所まで斡旋してくれたんです」
おや、と思ってリーフさんの方を見れば、彼は小さく頷きました。
知り合いと言っていましたが、なるほど、どうやらそういう繋がりだったようです。
「恩返しが、したくて。それで……あんな事をしてしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
エマさんとローウェルさんは再び頭を下げました。なるほどなぁ……。
ですが、疑問点も残りますね。
「理由は理解したが……それがどうしてミモザ様を追い返そうなどという考えになるんだ?」
すると私が思っていた事を、リーフさんが先に質問してくれました。
「……リーフ様が本当は、もっと力の強い王族の方に来ていただきたいと思っていたのに、ミモザ様側からごり押しされて困っていると聞いたのです。だから帰ってもらう事が出来れば、別の人が来てくれるんじゃないかって……」
「何だそれは?」
リーフさんは怪訝そうに首を傾げました。
「確かにどの方に希望を出すかの相談は皆でしていたが、ミモザ様にお願いするというのは、父の勧めもあってほぼほぼ最初から決まっていた事だぞ」
リーフさんは困惑しながらそう言います。
ほぼほぼ最初から……そうなんですね、んっふふ。
思わず嬉しくなってしまいましたが、今の状況でニマニマしていたらただの変人なので何とか堪えます。
「誰に聞いた話なんだ?」
「それは……」
「名前を言えないような相手なのか?」
「…………」
エマさんとローウェルさんは顔を見合わせた後、
「――ソイル様です」
と答えました。とたんにリーフさんは大きく目を見開きます。
「どなたですか?」
「ヴェルデ領の文官で……私の叔父になります」
リーフさんは信じられない、と言うように顔色を悪くしながら、そう言ったのでした。




