浄化の力の弱い王族
土地を蝕む瘴気と呼ばれる毒の靄が活性化する『精霊の年』。
四年に一度訪れるその年の春、四の月に発生するその自然現象から人と土地を守るために、コローレ王国の王族は各地に派遣され瘴気の『浄化』を行う。
十六歳になったミモザもまた、今年から浄化に参加する事になった王族の一人だ。
しかしミモザには一つだけ、どうにもならない事情を抱えていた。
他の王族達と比べて、その浄化の力がどうにもこうにも弱かったのである。
♪
「いやぁ、めでたいですなぁ。今年からはミモザ様もようやく浄化のお勤めに参加なされるとは」
「ええ、本当に。でも本当に大丈夫なのでしょうかねぇ」
「あら、不敬ですわよ。大丈夫だからこそ参加されるのでしょう?」
「それもそうですなぁ」
耳に届くチクチクした言葉を聞き流しながら、私は笑顔を浮かべて王城で開かれているパーティーに参加していました。
場所が場所だけにもう少し声量を落とせば良いのにとは思うものの、内容は昔から良く言われているものだったし、事実なので大して気にはなりません。
彼らの言う通り、私はようやく今年の精霊の年から、王族の義務とされる浄化の仕事を行う事が出来るようになったのですから。
コローレ王家の血を引く人間は、瘴気という土地と人に害を及ぼす毒の靄を浄化する力を持っています。
しかし私は生まれ持ったその浄化の力がとても弱かったのです。
浄化の力を扱うための訓練を真面目に行えば、普通なら十三歳頃にはこの仕事に参加出来るようになるところ、私はさらに三年の時間が必要でした。
それでも三年で何とか物になったのは、家族全員が協力と応援をしてくれたからです。
優しい家族に恵まれて幸せだなと思いながら顔を向けると、
「ああん? ようやくだぁ……?」
「出来もしない方がよくもそんな事を言えたものね……?」
――その優しい家族は笑顔でぶちギレておりました。
端正なそのお顔には青筋が浮かんでいます。はっとして見れば拳までギリギリと握りしめておりました。今にも拳を振り上げて突撃して行きそう。
特に一番上のお兄様とお姉様が大変です。家族でも一位二位を争う血の気さと言われているこの二人を、このまま放置するのはとんでもなくまずい。
いっその事ぶっ飛ばしてくれたらスッキリするとはちょっとだけ思いましたけれど、それをさせるわけにはいきません。
精霊の年を迎えるための決起集会でもあるパーティーで流血沙汰なんて、全力で回避しなければならない事態です。後世まで語り継がれてしまう。
「お兄様、お姉様! 私は大丈夫ですよ。だって成果で見返してやればいいんですから。ですからね、ほら、拳を開きましょう。握った拳で殴ればとんでもなく痛いですよ」
「そうだね、ミモザは優しいね。でも大丈夫だよ。うちの国にも一応は不敬罪というものは存在するからね。拳くらいはありだよ、あり」
「優しいとか優しくないとかじゃなくてですね、お兄様?」
「ええ、そうよ。それにこういうのは最初が肝心なの。ああいう者を放置すると、後々つけ上がってより大きな問題を起こすのよ? 大丈夫、沈めるのは一瞬だから」
「なるほど確かに……って、違う! 危うく納得しかけましたが、違います。やめましょう、お姉様!」
このままでは本当に暴力的な解決方法が採用され実行となってしまいます。
私が大慌てで二人を宥めている内に、件の方々は青い顔をしてサッと遠くへ逃げて行きました。危険察知能力は働いていたようです。良かった良かった。
「顔は覚えた」
「ええ」
……拳が飛んで来るタイミングが若干伸びただけかもしれません。
まぁ、それはさておき、これが私の評価の現状です。
浄化の力が弱い役立たずの王族――そんなところ。
ですが彼らの気持ちは分からないでもないんです。だって誰にとっても精霊の年の瘴気の活性化は死活問題ですから。
この世界のあちこちには、土地や生き物に害をなす瘴気という毒の靄が存在します。
吸い込むと体調を崩してしまいますし、作物は枯れてしまうという厄介なものなんですよ。
普段は土地に宿る意思を持つ力の塊――精霊が浄化をしてくれているのですが『精霊の年』だけは精霊の力が弱まってしまう。新しい精霊を生み出すために、そちらへ注力するかららしいです。
なので普段は精霊によって抑えられていた瘴気が、精霊の年――特に四の月だけは活性化してしまうのです。
そんな精霊の年は、コローレを含めて世界各国が、それぞれのやり方で瘴気の対応をしています。うちの国ではそれが王族による浄化だったというわけです。
コローレの王族がこの力を持っているのは、うちの初代王が精霊に仕える神官で、精霊から浄化の力を与えられたからと歴史書には記載されていました。
なのでコローレ王国では瘴気を浄化をするのは王族の仕事であり義務なんですよ。
しかし先ほども言いましたが私は浄化の力が弱いのです。
何とか対応可能なレベルまで引き上げる事は出来ましたけれど、周囲からすると「王族のくせに不出来」「王族のくせに落ちこぼれ」という評価になってしまうんですよね。
その辺りは実際に成果を見せて納得させるしか、汚名返上の手段はないので良いんですけれど……。
「ミモザ様はどこの領地をご担当なさるのだろうな」
「うちは瘴気が濃いので、出来れば他の方が……」
私の方をちらちら見ながら各地の領主達がそんな話をしています。
実は誰がどこへ派遣されるかは希望制なんですよ。
領主が「この人を派遣して欲しい!」と希望を出して、それを王族側で「いいですよ」と承認する。そんな感じです。
王位争いが盛んだった時代から続く伝統のようなもの、と言えば分かりやすいでしょうか。
話は戻りますが、私はそういう評価なので……たぶん選んでくれる人っていないでしょうねぇ。浄化の力が弱い私を選んで、もしも精霊の年を乗り切る事が出来なければ領地に甚大な被害が及びますから。
要は私に信用がないんです。こればっかりは信じてください、としか言いようがないのが難しいところ。
それに実際に私の力では、一つの領地を浄化するので精一杯だと思います。
兄弟達のように多くの領地を飛び回って浄化をする事は出来ません。不安視されても仕方がないでしょう。
……ま! とはいえ派遣されないって事はないですからね!
この人が良いと希望を出しても、一人が回れる領地には限度があります。なのでどこかしら希望が通らなかった領地に、お父様とお母様が上手く調整して私を入れてくれる事でしょう。
何て呑気に構えていたら、他の兄弟達の元へ領主達が集まり始めました。
こういうのは最初に声をかけるのが良いというのがセオリーです。一番最初って印象に残りやすいですからね。
そして案の定、私の所は閑古鳥が鳴いています。
「ありえませんね……うちの妹の努力を馬鹿にするなんて……」
「お姉様を馬鹿にする領地には行きたくないですの……」
……血の気がそんなに多くない兄弟達の心情もだいぶ不味い事になっています。
笑顔こそ浮かべていますが、彼らから漏れ出る不機嫌オーラに気付いた一部の領主達が、青褪めているのが見えました。まずいです。
こういう時は両親に頼るのが一番です。
助けてお父様、お母様!
そう思って二人の方へ顔を向けると、何故か二人からにっこりと笑顔を返されてしまいました。どういう意味の笑顔なのでしょうか、それは。
……ダメです。二人は手助けをしてくれる気はサラサラないようです。
どうやら私が何とかするしかなくなってしまいました。だんだんと胃が痛くなってきましたが、私の胃の安否なんて流血沙汰より優先順位が低いです。
よし、と思って兄弟達に声をかけようとした時、
「ミモザ様! どうか我がヴェルデ領に来ていただけないでしょうか……!」
領主の一人が私に駆け寄って、そう言いました。
その人はヴェルデ領の領主の子リーフ・ヴェルデさんでした。
サラサラした黒髪に深い森の色の瞳をした男性。顔つきから真面目そうな印象を受けます。
確かお歳は十八とお若いですが、ご両親が病で倒れてしまったため、ヴェルデ領の領主代行を務めているそうです。
領民からの評判が良く、領地を守ろうと頑張っている様子がパーティーの前に読んだ資料から感じ取れました。
ヴェルデ領のご領主は何度かお会いした事がありました。真面目で穏やかなおじ様で、会うたび親切にしてもらった良い思い出があります。
「ミモザ」
兄から呼びかけられはっと我に返ります。あまりにも驚き過ぎて思考が一瞬飛んでいたようです。
慌ててリーフさんを見ると、彼は真剣な表情で私の返事を待っていてくれていました。
「えーっと……私をご希望されました?」
「はい」
念のため確認してみるとリーフさんはしっかりと頷きます。
何という事でしょう。まさか私をお求めになるとは……正気?
ほんのりと心配になりましたが、そんな事を訊けるような状況ではないですね。
「ミモザ、ミモザ。ちゃんとお返事しないと」
「えっ、あっ、えっと……」
再度兄に呼びかけられ私はあたふたとしながら、
「……が、頑張ります!」
などと、何の捻りもない返事をしてしまいました。
するとリーフさんは心の底からホッとした顔になって、何故か私の目の前で跪きました。
「リーフさん!?」
「ミモザ様とコローレの皆様に心より感謝を申し上げます。本当に、本当にありがとうございます……!」
感極まった様子でお礼を述べるリーフさん。
まだ何も解決していないのに感謝をされて、私からするとどうしよう状態です。
「えっ、この子……好き……」
ついでに家族までそんな事を呟いています。どうやらリーフさんはこの短い時間に私の家族の好感度を稼いだようです。お見事。
――などと事を思っている場合ではないのですよ。
絶対に決まるのは最後だと思っていたのに、一番最初に派遣場所が決まってしまいました。
人生、何が起こるか分かりませんね。