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自分たちがこれから告発されることを知らない第二王子のクレートが、訝しげにミラベルを見ていた。
彼がエスコートをしていたのは、ディード侯爵の娘ではなかった。
クレートはニースの姉を切り捨て、さっさと別の女性に乗り換えていたのだろう。
でも元婚約者ニースの父であるディード侯爵も、姉のリエッタも、この会場に来ているはずだ。
今日はロヒ王国の王女のために王城で開かれた夜会なので、ほぼすべての貴族が参加している。
おそらく、従兄のルーカスもいるだろう。
わざわざこの夜会で告発することを選んだのは、彼らに動きを察知されて逃亡を防ぐためである。
第一王子のロランドと、その傍にはソレーヌの姿もある。
だが、いつもふたりの傍にいるはずのリオがいない。
彼はどこにいるのだろう。
そう思って視線を巡らせようとすると、ソレーヌがミラベルの名を呼んで駆け寄ってきた。
「ミラベル! 無事だったのね……」
ソレーヌはそう言って、ミラベルに抱きついた。
彼女が不在の間に、ジアーナに連れ出されたきりだから、心配してくれたのだろう。
国王の前だが、これから告発が始まるとわかっている者たちは、それを咎めることはなかった。
周囲の人たちには、失踪して死んだはずのミラベルが目の前に現れて、再会を喜んでいるようにしか見えないはずだ。
「心配を掛けてしまって、ごめんなさい。実は事情があって……」
そう言うと、ミラベルはジアーナを見た。
彼女は頷くと、ララード国王に視線を向ける。
「ドリータ伯爵令嬢を保護したのは、私です。実はロヒ王国である事件が起こり、その調査をしていたところ、主犯はこの国の貴族であることがわかりました」
ジアーナの言葉に、周囲がざわめく。
ロヒ王国との関係は、少しずつ改善されてはいるが、まだ友好国とは言えないほどだ。だから、その発言に疑いや不信感を持つ者もいる。
それは、ジアーナも想定していたことだ。
だから気にせずに、言葉を続けた。
「けれどロヒ王国だけでは、どうにもできないことでした。証拠を集めることもできません。そんなときに、彼女に出会いました。ドリータ伯爵令嬢の勇気ある告発によって、私たちは真実に辿り着くことができたのです」
ミラベルが関係していると知った途端、第二王子のクレートは青褪める。
誰かが逃亡しようとしたらしく、入り口を固めていた護衛騎士に取り押さえられていた。
振り返ってみると、従兄のルーカスだったようだ。
別の場所ではディード侯爵も逃亡しようとしたようで、護衛騎士に囲まれていた。
その動きから、彼らが関わっているとわかったようで、会場は急に静かになった。
「もちろん、証拠も証言も集めております」
ジアーナがそう言うと、護衛騎士に守られた証言者が会場に現れた。
まだ幼い子ども。
年老いた老人。
そして、いつもドリータ伯爵家を訪れていた、ミラベルが顔を確認した人もいた。
それらを連れて現れたのが、リオだった。
(リオ……)
かなり多忙だった様子で、疲れているように見えるのが心配だった。
彼は厳しい表情だったが、ドレス姿のミラベルを見つけると、ほんの一瞬だけ、表情を和らげた。
それを見て、泣き出しそうになる。
早く彼と話がしたい。ドレスのお礼も言いたい。
でも、今はこの告発をやり遂げなくてはならない。
「娘は死んだ。それは偽者だ。私たちを嵌めようとしたのだろう」
主犯であると言われた父は、騎士たちに囲まれながらそう喚いた。母も同意するように、何度も頷いている。
母は父の裏事業のことを知らなかったと聞いているが、父が罪を犯していたのだとしたら、ドリータ伯爵家は存続できないことを悟ったのだろう。何とかして、言い逃れようとしているようだ。
「たとえ私が偽者だったとしても、これだけの証言と証拠は覆りません。潔く、罪を認めてください」
ミラベルは静かにそう言った。
ジアーナに協力していたのは、リオだけではなかった。
ミラベルも初めて知ったが、他にも有力貴族が何人かいて、ロランドを指示している人たちばかりではなかったのだ。
捜査に信憑性と公正性を持たせるために、リオがそうしたのだろう。
だからこそ、父が間違いなく有罪であること。
それに第二王子クレートと、その派閥であるディード侯爵も加担していたことがはっきりとした。
ララード国王の指示によって、彼らが連れ出されていく。
残された母は、ミラベルを睨み、裏切り者だと責めていたが、ドリータ伯爵家の取り潰しを告げられると、その場に崩れ落ちた。
財産もすべて没収され、おそらく被害者の救済や補償のために使われる。
それが一番だと、ミラベルも思っていた。
ララード国王が、第二王子がこの犯罪に関わっていたことを謝罪すると、ジアーナも、ロヒ王国の有力貴族が関わっていたこと。ララード王国側だけの問題ではないと告げ、せっかくの夜会を告発の場に使ったことを詫びた。
国王と王女が違いに謝罪を告げたことによって、少しだけ緊迫した空気が和らぐ。
夜会はそのまま開かれるようだが、ミラベルは退出することにした。
ミラベル自身は罪に問われることはなかったが、ドリータ伯爵家が取り潰されたことにより、貴族ではなくなる。王城の夜会に参加することはできないだろう。
(でも、どこに行こうかしら……)
一度、ジアーナに用意してもらった部屋に戻ろうとは思うが、役目を果たした以上、いつまでも滞在することはできない。
これから住む場所を探す必要があるだろう。
「ミラベル」
そんなことを思っていると、ソレーヌが駆け寄ってきた。
「ソレーヌ?」
「一緒に帰りましょう」
「え、でも……」
まだ夜会は始まったばかりではないか。
王太子となるだろうロランドの婚約者であるソレーヌが、早々に退出するわけにはいかない。
そう言ったが、ソレーヌは有無を言わさずにミラベルの手を取って、そのまま会場から出て行く。
「ソレーヌったら……」
「ロランドもお兄様も、これから事後処理で忙しくなるわ。きっとしばらくは帰れないでしょう。ジアーナ王女殿下も、帰国しなくてはならない。だからその間、ミラベルを捕まえておくのが、私の役目よ」
そう言うと、ミラベルをサザーリア公爵家の馬車に乗せてしまう。
ソレーヌがこんなにも強引なのは、自分が一度黙って出て行ってしまったからだとわかっている。
心配してくれている気持ちは、本当に嬉しい。
それに、行く宛がないのもたしかだ。
「メイドとして雇ってくれるなら、行くわ」
だからそう言った。
ソレーヌは驚いたような顔をしていたが、やがてにこりと微笑んだ。
「そうね。ミラベルはお兄様の専属メイドだもの。職場に帰らないとね」
「職場……」
たしかにそうかもしれない。
馬車の中でも、ソレーヌはミラベルの手を離そうとしなかった。
ジアーナに言ってくれた言葉といい、本当に彼女はミラベルを大切に思ってくれている。
両親でさえ、娘のことは道具として見ていなかった。
最後は偽者だ、裏切り者だと言われてしまったけれど、ここにはたしかに、自分を必要としてくれる人がいる。
そう思うとミラベルも救われたような気持ちになって、そっとソレーヌの手を握り返した。
サザーリア公爵邸では、メイドたちが揃ってミラベルを迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
そう言われて、目が潤んでしまう。
「……ただいま、戻りました」




