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 「実は……」

 ソレーヌに促されて、ミラベルはたった今目撃した、婚約者の不義を語ることになった。

 それを聞いたリオの顔が、急に険しくなる。

「あの家。そろそろ潰すか?」

「……お兄様、気持ちはわかるけど、ミラベルの前で不穏な話はしないで」

 さらっと恐ろしいことを言うリオに、ソレーヌが小声で窘める。どちらも聞こえないふりをして、ミラベルは目を伏せた。

(私は何も聞いていません……)

 銀髪碧眼の美しい兄妹が、過酷な人生を歩んできたことは知っている。それもすべて、第二王子クレートの派閥のせいだ。

 ニースの婚約者のミラベルとは複雑な間柄であるにも関わらず、彼らはいつも親身になってくれる。

 ミラベルだって、もしふたりの手助けができるなら、何でもするだろう。

(だって、私の一番大切な友達だもの)

 過去に思いを馳せる。

 初めてソレーヌと出会ったのは、ミラベルがまだ六歳のことだった。

 その年は夏の暑さが特に厳しくて、ミラベルは母とともに高原近くの避暑地にある別荘に滞在していた。

 その避暑地に、父は大きな宿泊施設を所有していたのだ。

 あの頃、ドリータ伯爵家はどの派閥にも属していなかったこともあって、そこにたくさんの貴族を招待していた。

 サザーリア公爵家の令嬢であるソレーヌも、彼女の母とともに招かれていたようだ。もっとも彼女の場合は避暑ではなく、療養のためだったらしい。

 今でこそ明るく健康な彼女だが、その当時は身体がとても弱く、部屋からほとんど出られない生活をしていた。

 幼いながらも美しい顔立ちをしていたこともあり、華奢で弱々しい姿には、同い年のミラベルでさえ庇護欲を掻き立てられた。

 それに屋敷には当時たくさんの貴族の子どもが滞在していたが、ミラベルよりも年上ばかり。

 昔はおとなしい子どもだったミラベルは、寝込んでいるソレーヌの部屋を訪れることが多かった。

 ふたりで静かに本を読んだり、窓から少し遠くにある花畑を眺めたりして過ごした。

(あの頃の思い出は、今も鮮明に思い出せる)

 優しいソレーヌが、ミラベルは大好きだった。

 元気になったら、窓から見える花畑に行ってみようと約束したことを、まだ覚えている。

 残念なことにあの宿泊施設は、かなりの高値で買ってくれる貴族がいたそうで、父は喜んで売り払ってしまい、もう所有していない。

 ソレーヌと再会したのは、十五歳で王立学園に入学したときだ。

 入学当時ソレーヌは両親を亡くし、第一王子ロランドの婚約者となったばかりだった。

 三年生には第二王子のクレートがいて、さらにソレーヌより四歳年上のロランドは入学と同時に卒業している。

 だから学園内は第二王子派ばかりで、ソレーヌはかなり肩身の狭い思いをしていたようだ。

 頼りになる兄のリオもクレートと同じ三年生だったが、父の死によって公爵家を背負わなければならず、あの頃はほとんど学園に来ていなかった。

 孤立無援のソレーヌは、クレート派の人達によって様々な嫌がらせを受けていた。

 ミラベルが見かけたときも、大切な本を池の中に落とされて泣き出しそうな顔をしていた。

 さすがにひどいと、ミラベルは池の中に手を入れてそれを拾い上げた。

 それが、九年ぶりの再会だった。

 ミラベルはすぐにわかったが、残念ながらソレーヌはあの頃のことを覚えていなかった。少し寂しかったが、彼女は具合の悪いことが多かったのでそれも仕方ないと思い直す。

 そして、ずぶ濡れになった本を差し出した。

「……これではもう読めませんね。ひどいことを」

「せっかくお兄様が、隣国から取り寄せてくださった最新刊なのに……」

 制服が濡れるのも気にせず、水浸しの本を抱きしめた彼女が気の毒になって、思わずこう言った。

「こういった本でしたら、私もたくさん持っています。同じ本があるか探してみますね」

 そう言うと、ソレーヌはぱっと顔を輝かせた。

「本当に? ありがとう。とても嬉しいわ」

 ミラベル自身は、恋愛小説はあまり好まなかった。だが親戚の女性が好きで、読み終わった本をよくミラベルに送ってくれたのだ。

 さっそく次の休みにソレーヌを屋敷に招待して、図書室に案内する。

 読まずに大量に積んだままの本を見て、ソレーヌは歓喜の声を上げていた。

「これ、借りてもいいの? これも?」

「ええ、もちろんです。むしろ全部、持って行ってください」

 親戚の女性は国内の恋愛小説はもう読みつくして、各国の本を取り寄せていたらしい。さらに一度読めばもう満足だったようだ。女の子はこういうのが好きだろうと、次々にミラベルに送りつけてくるのだ。

 外国の本は珍しかったらしく、ソレーヌはとても喜んでくれた。

 それから彼女は休みの度にミラベルの元を訪れ、彼女とはもう一度仲良くなった。

 ミラベルの婚約者のニースは第二王子派だったが、ソレーヌを屋敷に招待することを、父親にも婚約者にも咎められることはなかった。

 おそらく父は、妹を守るために動き出したリオの動向を伺っており、ニースはその当初から、あのエミリアとの恋に夢中だったのだろう。

 サザーリア公爵家に招待されたこともあり、そこでリオとも知り合った。

 思えば、初めて会った日。

 彼はひどく驚いた顔をして、ミラベルを見つめていた。

 その頃にはもう、ミラベルはニースと婚約している。

 リオにしてみれば自分の屋敷に、政敵のディード侯爵家の婚約者が現れたのだから、驚くのも無理はない。

 警戒されるのはもちろん、追い出されても文句は言えないと覚悟した。

 でも妹に甘いリオは、ミラベルのことも、妹の大切な友人として受け入れてくれた。最初はリオのことを恐れていたミラベルも、今では本当の兄のように頼りにしている。

 そんなふうに過ごしていた学園もソレーヌとニース、そして彼の愛人候補だと発覚したエミリアとともに春に卒業したばかりだ。

 あの会話から察すると、ニースとエミリアは、学園在学中にも付き合っていたのは間違いない。

(探せば、目撃情報はたくさん出てきそうね)

 だがそんな証拠を集めても、父がこの婚約を解消するつもりがない以上、無駄になるだろう。

 むしろ悲恋に浸ったニース達は、自分たちがどんなに愛し合っていたのかを訴え、ミラベルはそんなふたりを引き裂く悪女にされてしまうのではないか。


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