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 ここで婚約者ではないと言ってしまえば、リオは隣国の王女に嘘を言って縁談を断ったことになってしまう。

 ここはリオのためにも、否定せずに受け入れるべきだ。

 そう思ったミラベルは、ジアーナに深々と頭を下げる。

「申し訳ございません」

 ミラベルという婚約者がいなければ、ジアーナはリオと婚約していた。

 この国までリオを追いかけて来るくらいだ。きっと自分のことを厭わしく思うだろう。

 そう思っての、謝罪だった。

「謝らなくても良いわ。むしろ私は嬉しいの」

 けれどジアーナはそう言って、親しみさえ感じる笑顔を見せた。

「あのリオが、身分違いの恋をしていたなんて。家族以外を愛するような人には見えなかったのに」

 さらに感慨深そうに、言葉通り嬉しそうに、そう言う。

(え?)

 王女はリオに恋していない。

 それがミラベルにもはっきりとわかった。

 ジアーナは、噂に聞いていたような我儘王女ではないのだろう。

 それならば何故、リオとの婚約を強請り、断られたというのに、わざわざこの国まで赴いたのか。

 彼女の考えがまったく読めなくて、笑顔でこちらを見ているジアーナを、ミラベルはひそかに警戒していた。

「名前を教えてくれないかしら」

「ベル、です」

 この屋敷でも、事情を知らない者にはそう名乗っていたので、そう答える。

「ベルね」

 ジアーナは小さくそう呟くと、ミラベルをじっくりと眺める。

「メイドとはいえ、所作がとても綺麗だから、あなたも貴族なのでしょう?」

「……い、いえ」

 貴族だと言えば、次は家名を尋ねられるかもしれない。

 そう思ったミラベルは、首を横に振る。

「あら、そうなの? 幼い頃から身に付いた、自然な所作に見えたわ」

「……」

 どう答えたら良いのかわからずに、ミラベルはソレーヌを見る。

 けれどソレーヌも動揺しているらしく、表情を隠すのが精一杯のようだ。

(私が、何とかしなければ)

 ここですべてが嘘だと知れたら、その矛先はリオに向かう。

 もう、元の身分は捨てたのだ。

 これから生きるために、必要な嘘を作り出さなくてはならない。

「元は、貴族でした。ですが没落してしまい、もう家族は誰もいません」

 静かに、少し寂しげに、そう語る。

「そうだったの。それでメイドをしていたのね」

 ジアーナは、納得したように頷いた。

 ほっとして、思わず息を吐く。

 けれど彼女はそれを、緊張しているせいだと思ったようだ。

「急に訪ねてきて、質問ばかりしてごめんなさいね」

「い、いえ。とんでもございません」

 それを見ていたソレーヌもほっとしたのか、きつく握りしめていた両手を、膝の上に置いていた。

「でも、これからリオも大変ね」

 にこやかに微笑みながら、ジアーナはミラベルを見つめた。

「守る者が、増えたのだから」

「……っ」

 そう言ったジアーナの瞳が冷たい光を帯びたような気がして、ミラベルは息を呑む。

 その瞬間。

 扉が、やや乱暴に叩かれた。

 この屋敷で、そんな無作法なことをする使用人はいない。

 驚いて顔を上げると、中にいる人達の返事も待たずに、扉が大きく開かれる。

「お兄様?」

 その姿を見たソレーヌが、声を上げた。

 慌てた様子で駆けつけてきたのは、王城にいるはずのリオだった。

「ジアーナ王女殿下」

 やや乱れた銀色の髪を撫でつけながら、リオは咎めるような視線で彼女を見つめる。

「これは、どういうことでしょうか」

「リオ、怒らないで。あなたの婚約者に会ってみたかったの」

 ジアーナは、先ほどの冷たい瞳が嘘だったのではないかと思うほど、可憐なしぐさでそう言った。

「何を言っても会わせてくれないから……。本当は嘘ではないかと疑っていたの。でも、あなたの婚約者に会えてよかったわ」

 彼女は、ミラベルをリオの婚約者だと勘違いしている。

 その経緯を知らないリオは、いきなりそんな話をされて驚くだろう。

 そう思っていたのに、彼は最初から知っていたように、ミラベルに心配そうな視線を向ける。

「大丈夫か? 遅くなってしまってすまない」

「い、いえ」

 ミラベルは慌てて首を横に振った。

 急に隣国の王女が押しかけてきて、ミラベルもソレーヌもとても心細くて不安だった。

 忙しいリオが、急いで駆け付けてくれて嬉しい。

「大丈夫です。来てくださって、ありがとうございます」

 お礼を言って微笑むと、リオの表情が柔らかくなる。

「……あなたも、そんな顔ができるのね」

 そんなリオを見て、ジアーナは本当に驚いた様子だった。

「王城までお送りしましょう」

 リオはその言葉には答えず、そう言って彼女に手を差し伸べた。

「いいわ。ひとりで帰れるから」

 その手を取らずにひとりで立ち上がったジアーナは、ミラベルを見てにこりと笑みを浮かべる。

「また会いに来るわ」

「……はい」

 王女の言葉を拒絶することもできず、ミラベルは頷くしかなかった。

 リオは険しい顔をしたが、ジアーナはまったく気にする様子はない。

「私が気に入ったとなれば、あなたの大切な人を侮る者もいなくなるでしょう? 感謝してほしいくらいだわ」

 そう言い残して、ジアーナは護衛や付き添いのメイド達に守られて、王城に戻っていく。

 緊張が解けて、ミラベルは思わずその場に座り込みそうになる。リオが手を差し伸べて、支えてくれた。

「すまなかった」

「ううん。来てくれてほっとしたわ。私こそ、勝手に婚約者を名乗ってしまってごめんね」

 そう謝罪すると、リオは複雑そうな顔をした。


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