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「お兄様、どういうことなの?」

 ソレーヌが、リオに詰め寄る。

 リオは妹の問いにすぐに答えずに、まずミラベルをソファーに誘導して、そっと座らせてくれた。労わってくれるような優しいしぐさに、ミラベルも少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

 それを見たソレーヌも、兄に詰め寄ることを辞めて、ミラベルに寄り添うようにして、隣に座ってくれる。

「大丈夫?」

「うん。ありがとう」

 ミラベルが落ち着いたのを見計らって、リオはふたりの向かい側に座り、状況を詳しく説明してくれた。

「ディード侯爵家の様子を探らせていた者から、ミラベルを探していたはずのニースが戻ってきたという連絡があった」

 それを聞いたリオがさらに詳しく調査させたところ、当てもなく地方を彷徨っていたニースは、ミラベルによく似た女性が事故で亡くなったという話を聞いて、慌てて戻ってきたようだ。

 ディード侯爵は、話を聞いただけで帰ってきたニースを叱咤した。

 だが、あのニースに遺体の身元を調べ、それがミラベルのものかどうか確認することなどできないだろう。

(むしろ見たとしても、私かどうか、わからないかもしれないわね)

 見慣れたドレス姿ではなく、修道女の服装や平民のような姿をしていたら、もし本物だったとしても、それがミラベルだと認識できないに違いない。

 それくらいニースとの関係は、希薄なものだった。

「ドリータ伯爵も、かなり焦っている様子だった。すぐに人を派遣したようだから、それがミラベルではないということは、じきに伝わるだろう」

「……そうですか」

 ミラベルはリオの言葉を聞いて、少しだけ黙り込む。

 父は、ここでミラベルに死なれてしまったら、ディード侯爵家に対する今までの投資が、無駄になってしまうと焦っているのだろう。

(私のことを、心配するはずがないとわかっていたけれど……)

 どうせ戻ってくる。

 何もできないだろうと考えて、娘が失踪しても、すぐには探すことさえしなかった父だ。ニースがミラベルを探しに向かったと同時に、父も捜索を開始したようだが、もう遅い。

 俯いているミラベルを心配して、ソレーヌが手を握ってくれた。

 リオは、心配を隠そうともせずにこちらを覗き込んでいる。

 これからどう生きるべきか。

 誰と一緒に生きていきたいのか。

 ミラベルは静かに考え、そうして答えを出した。

「リオ」

 敬称なしで、彼の名前を呼ぶ。

 ソレーヌは少し驚いた様子を見せたが、何も言わずに聞き流してくれた。

「お父様やディード侯爵が真相を知る前に、本当に私が死んでしまったようにすることは可能ですか?」

「ミラベル?」

「何を言っているの?」

 さすがにリオもソレーヌも驚いた様子だった。

 反対されることはわかっている。

 ここでミラベルが死亡したと思わせてしまったら、もうドリータ伯爵家のミラベルではいられなくなる。

 でも、これからの生き方を自分でよく考えた結果だ。

「私は、もうお父様ともニースとも関わりたくない。今までの関係をすべて捨てて、新しい人生を生きてみたい。それには、このニースの勘違いを利用すれば良いのではないかと思ったの。我儘かもしれないけれど、ドリータ伯爵家とは関係のない、ただのミラベルになりたい」

「ミラベル……」

 ずっと考えていたことだ。

 ただの思いつきではない。

 そう説明すると、ソレーヌはミラベルを抱きしめてくれた。

「たとえ貴族ではなくなっても、ミラベルは私の大切な親友よ」

「ありがとう。私も、ソレーヌのことが大好きよ」

 手を伸ばして、ミラベルからもソレーヌを抱きしめる。

「リオには、面倒なことをお願いしてごめんなさい。でも私の婚約がなくなれば、少しはふたりの役に立てるかもしれない」

「そんなことは関係ない。ただそれがミラベルの願いならば、俺は叶えてみせる。それだけだ」

「そうよ。友達を助けるのに見返りなんて求めないわ」

 ふたりとも、そう言ってくれる。

 こんなふたりだからこそ、今までの自分を捨てても、一緒に生きたいと思ったのだ。

「でも、ミラベル。本当にいいの?」

 心配そうに尋ねるソレーヌに、ミラベルは笑顔で頷いた。

「ええ。もう決めたわ。これからは、ただのミラベルとしてよろしくね」

 決意が固いことを悟ったのか。

 ソレーヌは何度も頷き、ミラベルの手を握る。

「もちろん。私とミラベルの友情は、これからも変わらないから」


 リオはすぐに動いてくれた。

 ミラベルは、ニースとエミリアの密会を見た夜会のときに身に着けていた装飾品を、彼に渡した。

 リオはそれを使って、ミラベルの死を偽装するようだ。

 ミラベルだと思われていた女性は、地方の街道を乗合馬車で通っているときに、崖崩れに巻き込まれて亡くなったらしい。

 馬車には何人も乗っていて、全員が亡くなってしまい、現場はかなり混乱しているようだ。

 リオは現地に残って調査していた者に指示を出し、ミラベルから預かった装飾品をその者に届けさせ、女性の遺品として忍ばせることになっている。

 父達も混乱していたようで、調査に向かうまでかなり時間が掛かった様子である。

 だから、すでに現地の様子を把握していたリオが、先手を打つことができた。

 こうして、父とディード侯爵がようやく調査をした結果、事故で亡くなった女性の持ち物から、ミラベルが身に着けていた装飾品が見つかった。

 痛ましい不幸な事故で、遺体では身元を判明することができず、その装飾品が決め手になったらしい。

 事故で亡くなったのは、ドリータ伯爵家のミラベルだと結論が出たようだ。

 女性の本当の身元も、リオは調査していた。

 彼女は没落してしまった貴族の娘で、天涯孤独になってしまい、一か月ほど前に王都から地方に移り住んでいた。

 ちょうど、ミラベルが失踪した頃だ。

 家も家族も失ってしまった彼女は、死に場所を求めて地方に向かっていた。

 そこで、事故に巻き込まれてしまったようだ。

 ミラベルは彼女のために祈り、その死を利用してしまったことを詫びる。

 女性の遺品にはミラベルの装飾品だけではなく、手紙も忍ばせておいた。それには、もう家を出た身なので、もし死んだら地方にそっと葬ってほしいと書き記してある。

 父はきっと、勝手に死んだミラベルに腹を立て、その通りにしてくれるだろう。

 リオはひそかに女性の遺体を引き取って、彼女の家族と一緒に埋葬すると言ってくれた。

 こうして、ドリータ伯爵家の令嬢ミラベルは死んだことになった。

 きっとニースやエミリアへの批判はますます高まり、父は第二王子派に取り入る機会を失ってしまったことになる。

 父は、ただの契約を信用しない。

 婚姻という結びつきがあったからこそ、ディード侯爵家に与していたのだ。

 エミリアはまだ実家の子爵家で謹慎していたようだが、こうなってしまった以上、もう修道院に入るしかないだろう。

 ディード侯爵家にとっても、ドリータ伯爵家からの資金提供は必要なものだった。

 けれど、父は無償で何かを提供することはない。むしろ今までの投資を回収しようとするかもしれない。

 第二王子のクレートとニースの姉リエッタは、恋人同士だと聞いていた。

 もしクレートがリエッタを心から愛しているのならば、ディード侯爵家が没落寸前だろうが、弟の悪評があろうが、婚約者として迎えたかもしれない。

 だがクレートは、ミラベルの死を聞き、ドリータ伯爵家とディード侯爵家との縁が切れたことを悟ると、すぐに他の婚約者候補を選び出したようだ。

 こうなってしまえば、もうニースの姉が第二王子クレートの婚約者として選ばれる可能性は低い。

 リエッタには、気の毒なことかもしれない。

 でも彼女がロランドの婚約者になったばかりのソレーヌに、かなり陰湿な嫌がらせをしていたことを聞くと、それも因果応報かもしれない。

 この事態を引き起こしたニースは、ディード侯爵家から縁を切られ、追い出されたようだ。

 彼が話を聞いただけでミラベルが死んだと思い込んだのは、死んでいるならもう探さなくてもよい。

 安易にそう考えたからだろう。

 最後までミラベルに向き合ってくれなかった婚約者に、ミラベルは心の中で別れを告げた。

昨日、活動報告に今後の予定について記載しました。

よかったらご覧くださいませ。

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