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 ようやくふたりを探し出した執事に連れられて、リオとミラベルはソレーヌが待つダイニングルームに向かった。

「もう、ずっと待っていたのよ」

 ソレーヌは少し拗ねたように言ったが、リオが謝るとすぐに機嫌を直して、ミラベルも一緒に食事をしようと誘ってくれた。

 三人でゆっくりと夕食をとり、それから談話室に移動してから、ソレーヌはずっと話し続けている。

「お兄様が帰ったことをミラベルに知らせようとしたら、不在だったと言われて。慌てて探していたら、お兄様までいないなんて」

 使用人達の身元はすべて調べ、少しでも怪しい者は追放したが、もしかしたらまた刺客を送り込んできたのかもしれない。

 そう思って、ソレーヌはとても心配したらしい。

 メイドや執事達が総動員で屋敷内を探し回っていたら、当の本人達は中庭で花を眺めていたというのだから、ソレーヌも文句が止まらないのだろう。

 そう言いながらも楽しそうなのは、やはりリオが戻ってきたからか。

「悪かった。つい、魅入ってしまってね」

 リオはそう謝罪しながら、ソレーヌの髪を優しく撫でる。

 そのしぐさには愛情が込められていて、リオが妹をどれだけ大切にしているか、はっきりとわかる。

「それは花に? それともミラベルかしら?」

「ソレーヌったら、何を言っているの?」

 くすくすと笑いながらそんなことを言い出したソレーヌに、ミラベルは慌てる。

 思い出してしまうのは、『真実の愛』という花言葉を持つ、青い勿忘草。その鉢植えをリオから贈られてから、何だか彼を意識してしまう。

(駄目よ。今の私はメイドなんだから、もっと平然としていないと)

 きっとリオだって、軽く受け流すに違いない。

 ソレーヌとミラベルには優しいが、冷徹で、敵には容赦しないと言われているほどだ。

 そう思っていたのに。

「な、何を言って……」

 リオはひどく狼狽えて、視線を彷徨わせている。

 その頬も、少し赤いようだ。

 それは、世間で恐れられている冷徹なサザーリア公爵ではなく、素のリオの姿だった。

「ふふ、お兄様ったら。動揺しすぎよ」

 そんな有様を見て、ソレーヌも無邪気に笑う。

「今ので、心配させたことは許してあげる。私はもう行くわね。お兄様とミラベルは、もう少し休んだらいいわ」

 そう言って、メイドに付き添われて談話室を出て行く。

 引き留める暇もなかった。

 残されたリオとミラベルは、顔を見合わせた。

「ソレーヌが変なことを言って、すまなかった」

 もう立ち直った様子で、リオは静かな声でそう言った。

「いえ」

 ミラベルは慌てて首を横に振る。

「私が悪いのです。メイドなら、きちんと夕食の時刻を告げて、他のメイド達のように支度を手伝うべきでした」

 それなのに、リオと一緒に庭を眺めて、心地良い時間に浸ってしまっていた。

「ミラベルがそんなことをする必要はない。本当は、メイドだってさせたくないくらいだ」

 そんなミラベルに、リオは不満そうにそう言った。

 自分を信用していないから、身の回りの世話をしてほしくないのではないか。

 もう、そんなふうには思わない。

 リオもソレーヌも、ミラベルをとても大切に扱ってくれる。

 その愛情を、疑うことはない。

「でも、ただお世話になるわけには……。ソレーヌだって、かなりの時間を勉強に費やしていますし」

 リオは、ソレーヌの話し相手をしてほしいと言っていた。

 でもソレーヌの勉強の邪魔をするわけにはいかないから、彼女の相手をするのは一日のうちのほんの少しの時間だ。

 メイドとして働かなければ、時間を持て余してしまい、何をしたらいいのかわからなくなってしまう。

「本当はソレーヌもミラベルも、権力争いなど無縁な場所で、静かに穏やかに暮らしてほしいくらいだ」

 溜息とともに吐き出された言葉は、きっとリオの本音だろう。

 その言葉だけで、本来の彼は争いを好まない、穏やかな人間だということがわかる。それでもたったひとりの妹を守るために、リオは王城で、熾烈な権力争いを繰り広げている。

 もしリオが負けるようなことがあれば、ソレーヌもロランドも、即座に第二王子派によって排除させてしまうだろう。

 そうならないために、リオはひとりで戦い続けているのだ。

(ああ……)

 ミラベルは、両手をきゅっと握りしめた。

 そんなリオを、少しでも支えられたら。

 その心を癒せたらと、思ってしまう。

 どんなに優しく接してくれても、ミラベルはリオにとって政敵の身内であり、その立場は彼を窮地に追いやってしまう可能性もある。

 それなのに、傍にいたい。

 離れたくない。

(好き、かもしれない。そんなことは許されないのに……)

 自分の心に芽生えた気持ちに戸惑いながらも、それをなかったことにしたくない。

 たとえ叶わなくても、大切にしたいと思ってしまう。

「ミラベル?」

 ふいに、優しく名前を呼ばれて我に返った。

 リオが心配そうに、ミラベルを覗き込んでいた。

 その端正な顔立ちを間近で見つめてしまい、胸の鼓動が早くなった。

「あ、ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて。ええと……」

 何か話をしなくてはと、ミラベルは動揺しながらも話題を探した。

「ここの中庭の花は、とても綺麗ですね。私も優しい色合いの花が好きなので、思わず見惚れてしまいました」

 そう言うと、リオは表情を和らげた。

「ああ。気に入ってくれたら嬉しいよ。ずっと、ここの花をミラベルに見てほしいと思っていた」

「え?」

 たしかに、ミラベルが好きな花ばかりだった。

 でもリオがそんなことを言うとは思わず、動揺してしまう。

「どうして私に?」

「それは……」

 リオは少しだけ、沈黙した。

 何か言いたそうに見えたのは、気のせいだろうか。

「ソレーヌに、花が好きだと聞いていたからね。きっと気に入るだろうと思っていた」

 けれどリオは、ただそれだけを告げて、静かに微笑んでいた。

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