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謎姫、世界を救うっ!  作者: 吉岡果音
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第9話 コトワリ

 卵から幼虫、そしてさなぎ。やがて、さなぎの背を割り、成虫となる。

 それが通常。しかし、目の前の卵は、異なる過程をたどっていた。


「幼虫から卵に戻るのか」


 細いフレームの眼鏡をかけた男が、驚きを持って見つめる。不気味な赤褐色の色をした卵を。


「昨晩までは芋虫だった。それが、卵になるとは」


 しかも、芋虫は一匹ではなかった。何万、何十万もの小さく細い、ひも状の芋虫たちだった。

 それらが寄り集まり、絡み合い、蠢き、一個の大きな卵のような形を作ったのだ。

 卵の形になったばかりのときは、まだ表面上に芋虫の形状が、浮かび上がるレリーフのように確認できた。しかし、なんらかの糸か液体が内部から分泌されたのか、いつの間にか光沢のある殻に包まれ、すっかり卵の様相を呈していた。


「こちらの世界の壁は、外からの侵入をよしとしません。小さくなる必要がありました。それでいったん、小さな無数の芋虫の姿に形を変えたのでしょう。この卵は、もっともっと大きくなります」


 眼鏡の男の隣に立つ、とび色の髪と瞳の、美しい相貌の青年が説明する。


「復活は、いつごろになる?」


 眼鏡の男が尋ねる。


「少し、先です。その前に、色々と始末せねばならないことがあります」


「……失敗、したのか」


 眼鏡の男が、低い声で尋ねる。


「失敗……? ふふ、適切ではありませんね」


「なぜ笑う――」


 美しい男が、眼鏡の男をまっすぐ見据えた。刃のような鋭い眼光、思わず眼鏡の男は、ほんの少したじろぐ。


「失敗とは、そこで止めることでしょう。私が決めたことは成功しか、ありえないのです」


 狙った獲物を外すことはありえない、美しい青年の穏やかに聞こえる声には、圧倒するような凶暴で強烈な揺るがぬ意志があった。

 赤褐色の卵が、脈動した。それと同時に、一回り大きくなる。

 美しい青年は、改めて卵を見据える。


「まだまだ大きくなりますよ。計画のすべてにおいてまだ、時間が必要なのです。焦ることはありません」


 青年の整った顔に、恍惚とした微笑みが浮かぶ。それは美しい狂気、見る者が戦慄を覚えるような笑み――。


「通常は、卵から幼虫が生まれます。しかし、これは生物ではありません。卵からは、完全体の成虫が生まれます。飛蟲姫(ひちゅうき)の復活は、もう間もなくです――」


 眼鏡の男は、自分でも気づかず半歩後ずさる。

 それは、己の生命の安全を確保しようとする、ごく自然で本能的な動作だった。




 私が、世界を救う……。


 陽菜は、魔族と呼ばれるもの、そして飛蟲姫に対する最強の武器とされる刀、「明照(めいしょう)」を掴み、自分の目の高さに掲げてみた。

 陽菜に向かって輝きを返す明照。

 刀を掲げることで、自分が英雄になったかのような実感が湧くのかと思ってみたが、実際はなにも変わらなかった。明照の刀身に映った陽菜の顔は、自分で想像するよりも弱弱しく、なんとも頼りなく情けない顔をしていた。

 九郎が、辺りを見回してから警戒するような口調で述べた。


「そろそろ、移動したほうがいいかもしれない。さっき、陽菜の家の奥に現れ、時雨(しぐれ)が戦ったのは、魔族だ。あちら側にも、明照の出現がばれていた」


「えっ、なんでそれを早く言わないのっ!?」


 陽菜が、弾かれたように立ち上がる。


「そもそも――。陽菜に近い人間に変身していたのも、陽菜の力が私や時雨より先に、ばれていた、ということだが――」


「ええっ、そんな大事なこと、なんで今言う!?」


 ここにきて、今更の重大な情報。気付かなかった陽菜も陽菜だが。 

 陽菜は明照を握りしめ、四方八方に向き直りつつ身構えた。といっても腰が浮いていて重心は定まらず、刀の使い手とはあまりに程遠い。

 なぜいまだに九郎がのんびりしている――していないのかもしれないが、そんなに急いでいるようにも見えない――のか、納得がいかない。

 

「てゆーか、なんで部屋に戻ってきたのよ!? それじゃ、あまりに危険すぎるじゃないっ」


 九郎は腕組みする。真剣な、表情。九郎は、ゆっくりと、口を開いた。

 陽菜は、不安になりつつも九郎の発言を待った。


「どこに、行こう」


 え。

 

 一瞬固まる、陽菜。この期に及んで、まさか、どこに、行こう、とは――。


 どこに行こうって……。デートかいな。


 ちょっと、既視感。デート当日の彼氏みたいな発言、とのんきな想像をしてから、いやいや、違う違うと急いで想像を取り消し、陽菜は叫ぶ。


「ええーっ、ノープラン!?」


 まさかの、ノープラン。


「私は、こちらの世界のことを知らない」


 なんですってええーっ!?


 聞き捨てならない、と頭に血が昇る。この局面にきて、今更、知らない、とは――。


「ちょ、ちょっと! ここまで私の日常に食い込んでおきながら、知らないって、九郎、そんな、あまりに無責任な……!」


 陽菜は九郎を非難するように、明照片手に九郎の周りを、どすどすと歩き回っていたが、九郎は座したまま、腕組みをしていた。


「とはいえ、コトワリの中だ。まだ猶予はある」


 コトワリ……?


 そういえば、バーレッドもそのような言葉を発していたような、と陽菜は気付く。


「そういえば、コトワリってなに? 影響がどうとか」


「コトワリとは、世界の秩序」


「え? 秩序?」


 九郎はうなずく。


「異世界から来た者は、一定期間その世界に住む生命や環境に、大きな影響を及ぼせないという、自然の仕組みだ」


 影響を、及ぼせない……?


「え。じゃ、じゃあ、しばらくは安全って、こと……?」


 おそるおそる尋ねる。少し、ほっとしていた。


「その世界に存在できるものとして、空間に受け入れられる時間が、必要なのだ。それは、世界に通じる秩序。異世界を渡り歩くという飛蟲姫も例外ではない」


「空間に受け入れられる時間……?」


 陽菜は首を傾げる。空間に、独自の意思でもあるというのだろうか。


「コトワリと呼ばれる期間内に、あまり異世界の民に影響を及ぼす振る舞いをすると、弾かれてしまう。最悪の場合、消去される」


「えっ」


「空間に、消されるのだ。それは、神秘なる力」


 それから、と九郎は説明を続けた。 


「コトワリには、三段階ある。物理的に手出しできない段階、そしてその次に手出しできても、エネルギーの反動が己に返ってくる段階、そして最終的にその世界の民同様、完全に自由に行動できる段階、と三つだ」


 不思議な話だった。しかしすでに色々と奇妙な体験をしてしまった陽菜は、九郎の説明を自然と受け入れていた。

 ふと、疑問が浮かぶ。異世界で繰り広げる戦いは、どう捉えたらいいのだろう。


「あの、九郎たちの世界で私が襲われたら――」


「コトワリの期間を過ぎない間は、陽菜の攻撃は空間に弾かれる恐れがある。だから、仮に陽菜が好戦的な人物だった場合、私か時雨が止める――、バーレッドも、きっと止めに入っただろう」


「好戦的って」


 自分が雄叫びを上げ刀を振り回す様子を思い描き、脱力する。

 いきなり異世界に連れていかれて、積極的に戦いに出る人間はあまりいないだろうと思った。


「ええと……。わかったような、わからんような。で、あの九郎たちの世界で私を襲った魔族が、コトワリって言ったのは、結局――?」


「コトワリのもと、空間と民は切り離せない。陽菜は、こちらの世界の民だ。自分の属する空間を離れても、陽菜の空間のコトワリが陽菜を守る。そして、影響。『姫』というような一種特殊な力を持つ存在は、世界にとって影響が大きい。いくら陽菜の知人の姿を借り、事前に陽菜側の空間になじんだ魔族でも、より慎重になるというわけだ」


 なるほど、となんとなく納得する陽菜。


 それで、ええと――。


 陽菜が次の質問を考えつく前に、九郎が切り出す。


「それで、これから――」


 これから。陽菜は緊張し、姿勢を正す。

 

 これから、私はどのように世界を――。


 自分の心音が大きく聞こえる気がした。手に汗がにじむ。

 九郎は言った。


「どこに行こうか?」


 計らずして、陽菜のおなかが、鳴った。

 陽菜は肩を落とし、声を震わせ――。


「だから、デートかっつーの!」

 

 陽菜はうっかり、遅めのランチを二人でとっている図を、想像してしまっていた。

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