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謎姫、世界を救うっ!  作者: 吉岡果音
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第8話 運命の使い手

 たった一匹の怪物の登場。それから、世界は一変した。

 遠い過去のある日――、晴天だったはずの空に、影が広がる。

 そして舞い降りる、光る粉のようなもの。

 人々は、天を見上げる。


「なんだ、あれは……!」


 陽の光を遮る黒い影。それは羽を広げ、ゆっくりと空を移動している。


「巨大な、蛾……!?」


 影は、まるで大きな蛾のような形をしていた。

 人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。怪物のような蛾の正体がなんなのか、どこから来たのか、まったくわからない。

 巨大な怪物によってもたらされるだろう悪夢に、人々は戦慄した。

 しかし、意外なことに――、人々の心に大きな恐怖心を植え付けただけで、その後しばらくはなにごとも起こらなかった。

 しかし、忘れたころ、脅威が襲う。


「怪物だ! 怪物が現れたぞ……!」


 様々な姿かたちの怪物が、世界中で目撃されるようになった。怪物に襲われる、人や動物。

 たくさんの命が、謎の怪物たちに奪われていく――。

 第三の神秘の目を持つという、異能力者と呼ばれる者が言った。


「怪物はすべて、あの巨大蛾から生まれたものだ」


 怪物は皆、姿も能力も様々だった。出現する場所も広範囲で、たった一匹の蛾から生まれたとは思えなかったが、異能力者は続ける。


「巨大蛾は、こことは異なる世界より来たもの。異世界から異世界へ、移動する性質を持っている。人や動物を襲う怪物たちは、巨大蛾の働き蟻のような存在で、奪った命のエネルギーを巨大蛾に届ける役割を持つ」


 異能力者は、低い声で告げる。


「怪物たちの殺戮は、この世界を荒廃させるまで続くだろう。世界中、あらかた喰らいつくしたあと、新たな食糧を求め、次の世界へと飛び去るのだ――」


 いつしか人々は巨大蛾を、「飛蟲姫(ひちゅうき)」、怪物たちを総称して、「魔族」と呼ぶようになった――。




 テーブルの上の飲み物は、すっかり冷めていた。新しい飲み物を作ることも、忘れていた。


「そんな……、ことが……」


 陽菜は、九郎の世界の話を、驚きを持って受け止めていた。


「長い、時が流れた。もともと、高い知能を持っていたのだろう、いつしか魔族たちは人語を解し、人語を話せるようになっていた。しかし、我々もただ手をこまねいていたわけではない。戦う力を磨き、様々な術を編み出し、そして対抗する武器を創り出すことに成功した」


 陽菜は、ハッとし、自分の手元に目を落とす。


「この、刀……!」


 九郎はうなずく。


「そうだ」


「魔族だけを斬れる、不思議な刀――」


 九郎は、陽菜をまっすぐ見つめた。


「それは、明照(めいしょう)と名付けられた刀だ。魔族に特化した刀の中でも、最高峰、現時点で最強の武器。きっと飛蟲姫を討つことができるはず」


「明照……」


 陽菜は、きらめく刃を見つめる。


「どうして――、どうして、私なの……? 私は、九郎たちと違う世界の人間だし、それになにより、私、大したとりえもない、ごく普通の――」


 運動能力が優れているわけでもないし、超能力みたいな不思議な力を持っているわけでもない。普通に毎日会社に行き、なんだかんだ愚痴を言ったり笑ったりしながらの日々を送っている。

 毎日が同じようであるけれど、そこに必ず小さな変化や驚き、喜びや悲しみがある。ささやかだけれど、自分の胸の中でそっと誇れる等身大の日常。そんな人生を送り続ける、ずっとそう信じて疑わなかった。

 九郎は、微笑む。揺るぎない、瞳で。


「明照は――。父王の命で集めた人々により、強い祈りと魔法の力を込め、創った特別な刀だ。誕生してわかったのだが――、明照は、自ら使い手を選ぶ。明照に選ばれない者が持つと、威力がほとんどなくなってしまうのだ。我々は、明照の使い手となる者を、必死で探した。しかし、異能力者たちの目を持っても、探し出せなかった。我々の世界には、現時点でいない、まだ我らの世界内では使い手は生まれていないのだということが結論付けられた」


 九郎は、ベランダに目をやる。ミニトマトの、鉢――。


「もしかしたら、異なる世界では、いるのかもしれない。異能力者の進言に従い、父王は明照を異世界に飛ばすことにした」


「えっ、刀を、飛ばす!?」


「ああ。明照を、小さな、種の形に変えて。種というのは、人間の空間移動のときのように、小さくする必要があったから。そして願いを込め飛ばされた明照はきっと、自ら使い手の元へ向かうだろうと――」


 ミニトマトの種……!


 それで鉢から生えたのか、と陽菜は理解する。それにしてもご丁寧に生えたように登場することはないだろう、と内心ツッコミつつ。

 九郎は、続ける。


「私と時雨が、明照の行方をずっと見守っていた。使い手は、運命の『王子』または『姫』と呼ぶことにして――」


 私が、運命の姫――!


 その瞬間陽菜は、思わず明照に向かって叫ぶ。


「なんで、なんで私を選んだのよーっ!?」


 明照は、一瞬光るのを止めた、ように見えた。陽菜は目を疑う。


「まさか、後悔してる!? 人選、誤ったと!?」


 陽菜がそう叫ぶと、九郎は弾けるように笑い出した。


「えっ、九郎、そこで笑う!?」


 急ぎ、九郎を睨みつける陽菜。


「いや、いやまさか、明照が後悔するなどということはないが。想像したら、なるほど、面白い、と思えて。すまない、いや、まさか……」


 九郎は、笑い続けている。なかなかに、失礼。ちょっとムッとしたが、すぐに睨むのをやめ、陽菜は下を向く。


「私、できるわけ、ないと思うんだけど……」


 そんな恐ろしい怪物相手に、戦えるわけがないと思った。できれば、というか、積極的に選び直してほしい、それが本音だった。

 それは、単純に恐怖心からだけではなかった。


 力のない者が、大役に抜擢される。それは、私だけじゃなく、世界にとっても不幸だよ――。


 うつむく陽菜。今までの人生経験でも、痛いほど見聞きしてきた。器でないものが特別な立場に立ち、人々を不幸にしてしまう現実を――。

 九郎は、陽菜の両肩に手を置く。


「我々が、全力で姫を守る。そして、全力で補助する。陽菜。だから、助けて欲しい。我々の世界を。それは、陽菜の世界を守ることにもなる」


 陽菜の世界を守る、その言葉に、改めてハッとする。


 飛蟲姫。世界から世界へ、移動する性質って、まさか――!


「九郎! まさか、その飛蟲姫って……」


 震えながら、尋ねる。九郎の答えは――。


「ああ。この世界も、我らの世界と同じ運命を辿る可能性が、高い」


 窓の外、なにかのサインのように、サイレンの音が聞こえてきた。傾いていく陽の光、冷たいココアに張った薄い膜。

 繰り返す不穏な音が、日常の中の得体のしれない影が、陽菜の心を侵食していく――。

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