表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謎姫、世界を救うっ!  作者: 吉岡果音
4/26

第4話 芋虫

 またしても、森。


「イヌクマ、地上へ」


 九郎の命令を聞き、不思議な獣――イヌクマ――は、森の中へと下降する。

 そこは、先ほどいた森より、だいぶ離れたところにあった。


 ひええ。下降、早いよ!


 ジェットコースターみたいだ、苦手なのに、と陽菜は、イヌクマのもふもふした毛に顔をうずめた。

 獣、というよりお日様の匂い。ちょっとだけホッとする。


「ここは、磁場が強い。さきほどの森より、安全だ」


 九郎が先にイヌクマの背を降り、それから抱えるようにして、陽菜をイヌクマの背から地上に降ろす。


「あ、ごめ……」


 突然めまいが、陽菜を襲う。獣に乗って空を移動するという、ありえない体験のせいだった。


「すまない、大丈夫か」


 倒れそうな陽菜を九郎が抱き支え、座らせてくれた。ぐにゃり、とした奇妙な物体の上へ。

 陽菜は、まだ少し目が回る感じがしていた。


「ありがと――」


 あ。ほんとは、お礼の言葉なんか必要ないか。めまいがしたのは、九郎のせいなんだから!


 お礼の言葉を撤回しようと、顔を上げた陽菜は、思わず自分の目を疑った。

 

 え!


 一瞬にして血の気が引き、あまりのショックで心臓が止まってしまいそうだった。


「刀! 刀ーっ!」


 陽菜が持たされていた刀。それが、心配そうに陽菜をのぞきこむ九郎の胸の辺りを、思いっきり貫通していた。

 陽菜は、悲鳴を上げた。


 そんな、そんな……! いくら理不尽でもムカついても、私、危害を加える気なんて――!


 今まで、どうやって刀を持ちつつイヌクマの背に乗っていたか、覚えていない。今も、刀などを持っているという実感がなかった。だから、だから九郎を傷つけてしまった、あまりのことに、涙があふれる。


 九郎!


 自分史上最速の腕の動きと渾身の力で、刀を引き抜く。


 あれ。


 不思議なくらい、手ごたえがなかった。全力で引き抜いた勢いで、ころん、と陽菜はひっくり返ってしまっていた。

 仰向けになった自分の顔の上にきた刀には、血がまったくついていなかった。汚れ一つない、ぴかぴかの、金属。


「ああ。これは大丈夫。魔族を斬るためだけの特別な刀。魔族以外のものなら、貫通したとしても、ゆるやかに融合しているだけで、無害だ」


 は?


 え? まぞく? そして、融合、とな? 陽菜の頭に疑問符が並ぶ。


「つまり、私は、平気だ。姫は、なにも恐ろしいことはしていない」


 お、お。


 ぱくぱく、と口を動かせ、九郎を指さす陽菜。確かに、九郎に傷はなく、服も破けていない。

 一気に押し寄せる安堵と、喜び。


 よかった……! 九郎、なんでもなかった――!


 輝く笑顔が広がりそうになったが、素直に喜びを表現するのもしゃくなので、前面に出ようとする笑みを無理やり抑え込み、ここは怒っておかねばと抗議することにした。


「お! おどかさないでよーっ! 九郎が、こんなぶっそうなもの、なんの説明もなしに渡すから――」


 びよん、陽菜が叫ぶと奇妙に体が揺れる。座っている物体、そのせいだと視線を落とす。緑色。自分が座っているのは、苔むした岩なのだろうか、と陽菜は思う。


「ところで、さっきから座ってるこれ、変な感触なんだけど――」


 気が付けば、座っている物体が、緩やかに上下している、気がする。

 しれっと、九郎は物体の正体を明かした。


「芋虫だ。熟睡中の」


 ひっ。


 見渡せば、長く続く、緑色。巨大な芋虫の、頭らしきほうから四つ目くらいの、節の上。


「そんなとこに座らすなーっ!」


 芋虫にまで迷惑をかけるんじゃない、陽菜は平和に昼寝し続ける芋虫の分まで、上乗せして怒ってやることにした。

 そのときだった。九郎が素早く、視線を右方向の茂みに向けていた。


「ちょ、九郎! なに聞いてないふりして――」


 茂みが揺れた。九郎が、見つめ続けているほう。


「陽菜、陽菜さん?」


 草葉が揺れ、声がする。


 え。私を知っている――? その声、まさか――。


「陽菜! だめだ――!」


 九郎が声を上げる。茂みの向こうから、誰かが現れる。それは、意外なことに、陽菜も知っている――。


「陽菜さんじゃないか!」


「前田さん!」


 陽菜は、まさか、と驚く。

 まさか、この「異世界」と説明された奇妙な森で、自分がよく知る人物と遭遇するとは。

 

 どうして、前田さんがここに……?


 陽菜の勤める会社の、三つくらい上の先輩男性だった。とはいえ、違う部署ということもあって、あまり話したことはなかった。会社には、陽菜と同じ苗字の人がいるので、皆陽菜のことを苗字ではなく名前で呼んでいる。そういうわけで、前田も陽菜のことを「陽菜さん」と呼んでいた。


「陽菜さん、こっちへ!」


 なにがどうなっているかさっぱりわからないが、陽菜はうなずき、前田のほうへ駆け出す。


「前田さん、前田さんもこっちに来ちゃったんですか?」


「陽、菜……」


 背後で、九郎の声がする。陽菜は、足を止め振り返る。九郎の声が、苦し気にかすれているような気がしたから。

 腕を掴まれ、ぐいっ、と引っ張られる。

 前田が、陽菜の手を引いていた。


「陽菜さん、早く、元の世界へ戻るんだ!」


「え? 戻れる? 戻れるんですか?」


「ああ、戻れる道を、見つけた!」


 陽菜は、もう一度九郎のほうを振り返る。九郎は――、苦しそうに右手を胸元にあて、左手を陽菜のほうへ向かって伸ばしていた。傍らのイヌクマも、まるで動こうとするのをなにかの力で抑えられているかのように、やや前のめりになりながら、巨大な体を震わせていた。


「九郎!? イヌクマ!? どうしたの――」


 叫び戻ろうとする陽菜を、前田が制する。


「早く! 戻れなくなるかもしれないぞ!」


「え?」


「世界と世界の境界の入り口が、狭くなってきているんだ」


「世界と世界の境界の入り口!?」


「ああ! 僕が見つけた!」


 帰れるんだ、息をのみ、陽菜は大きく目を見開く。


 戻れる……、の……?


 湯気の立つココア、狭いけれど、明るい日差しの入る部屋。段取りを考えた明日の仕事。


 刀に占領されてた、ミニトマト。ミニトマトは、どうなってるかわかんないけど、ラディッシュの鉢には水をやらなくちゃ。


 待っているはずの日常。日常はきっと両手を広げ、変わらず陽菜を待っていてくれている。

 でも、と陽菜は思う。でも――。


「九郎が! イヌクマが! なんか、苦しそうにしてる!」


「彼らは、あちら側の生き物だ! 僕らには、関係ない。僕らは、僕らの世界へ戻らなくては!」


「でも……」


 陽菜の肩を抱くようにして、前田は急いで陽菜を茂みの向こうに連れて行こうとした。陽菜はまだ、後ろを見続ける。

 芋虫が、動き始めた。この騒ぎで、目が覚めたのだろうか。


 あ、芋虫……。


 不思議な世界。変な生き物、変なひとたち。理不尽に、引っ張り回された。時雨(しぐれ)も、こちらに来るはずだという。九郎もイヌクマも、時雨が来ればなんとかなるはず。自分は――。普通に考えれば、選択は、元の世界に戻ること一択。でも、と陽菜は思う。


 九郎が、イヌクマが、苦しそう――。


 陽菜は、九郎とイヌクマのほうを見つめ続けた。

 蠢く芋虫の無数の足。ゆっくりと、動き出す。陽菜と前田から、さらに遠くへ離れるように。

 

「陽菜さん、早く――」


 深い森。差し込む光が、わずかに暗くなる。雲の流れが変わったのかもしれない。

 陽菜の頭に、ふと疑問が湧き上がる。


 前田さんは、私がここにいること、疑問に思わないのかな――。


「行こう! その刀を持って、早く――!」


 前田さん――?


 ベキベキと、枝を折るような音がする。芋虫が、落ちている小枝や生えている草を踏みしめながら逃げていく。体が大きいから、緩慢な動きに見える。しかし、少しずつ、確実に遠ざかる。まるで危険を察知したかのように――。

 陽菜は、改めて前田を見た。唐突に、ばかげていると思えるような考えが浮かぶ。


 このひとは、本当に私の知っている前田さんなのだろうか――。


「陽菜さん……? どうしたの? どうして、立ち止まっているの?」


 前田の顔に、仮面のような笑顔が張り付いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ