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謎姫、世界を救うっ!  作者: 吉岡果音
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第3話 イヌクマ、空を飛ぶ

 森、といっても、風変わりな森だった。

 見たことのない木には、見たことのない実がなっていた。

 波打つようなヘンテコな枝ぶりの木には、誰かの足を引っかけるためにあるのではないかと思うほど地上に浮き上がっている根。ハート型の大きな葉の木には、女子受けしそうな黄色とピンクのマーブル模様の果物がぶら下がる。さほど木々が密集していない陽の当たる場所で、意味不明に白く発光するキノコたち。

 キノコ、ルームライトになりそうだな、などと陽菜はぼんやり考えていた。


 異世界。


 なるほど、今が夢じゃないとしたら、ここが異世界だと思うほかない、といった乱暴な説得力で否応なしに陽菜の前に迫る風景。そもそも、壁を通り抜けて森に出るという理不尽な体験。


「信じられないかもしれないが、そうなのだ。ここは、我々の世界」


 九郎は、逃れられない宣告のように言い放つ。


「なんで……」


 なんで、私が異世界なんてところに。


 陽菜は脱力したようにうなだれる。うつむく陽菜の足元を、あざ笑うように毛玉が連結したような姿の、生物学上の常識をガン無視した虫が通り過ぎていく。気持ち悪いというより、見た目もちょこちょこした動きも妙にかわいらしく、ふざけた虫だ、と思った。


 あ。靴下。そういや、私靴はいてないじゃん。


 私はただ家にいたのに、九郎が引っ張ってきたからだ、陽菜の心に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。


「なんで! 私が、こんなことに……! 異世界なんて、知らないっ。戻してよ、部屋に……!」


 九郎の大きな手のひらが、陽菜の両肩を掴む。陽菜を見つめる、九郎の真剣な眼差し――。


「力を、貸してほしい。姫の力を」


「私、姫じゃないっ」


 顔が、近い!


 吸い込まれるような、九郎の漆黒の瞳。


 そんなイケメンを武器にしても、だめなんだから!


 このまま強引にレンアイ展開に持っていく気かと陽菜は身構えたが、九郎の視線が、陽菜の右手に移動する。


「その刀が、なによりの証拠だ」


「証拠!?」


 九郎は陽菜の肩から手を離し、辺りに視線を走らせる。


 え。人気のないこと、確認してる? まさか、まさか本当に私を――。

 

 守らねば、私の唇、いくらどきどきしても心がほんのちょっぴり揺らいだとしても、初対面の殿方に許すわけにはいかんのだ、そうだ、そうだ、私はそんな女ではないのだ、と陽菜が考えたそのとき――。


 ぴうー。


 間の抜けた、笛の音。

 いきなり九郎は胸元から横笛を取り出し――胸元に収まっていたとは思えない、ちょっと長すぎる横笛――、説明も断りもなく唐突に吹き始めていた。


「はあ!? 横笛!?」


 意味わからないんですけどっ!?


 なぜに横笛、なぜに今演奏、そしてどっから出した、陽菜の頭の中を様々なツッコミが駆け巡る。

 九郎は真顔のまま横笛を手品のごとく簡単に胸元にしまい、陽菜に向かって大声を出さないように、といった様子で長い人差し指を自分の口元に当てていた。


「声より笛の音のほうが、大きいと思うんだけど!? それに、大声なら、もうとっくに出してるし!」


 陽菜の指摘は的確だったが、九郎はまったく動じる様子もない。

 ほどなく遠くから、なにかが駆けてくるような音が聞こえてきた。まるで、大型動物が森の中を走るような――。


 動物!? 猛獣!? 危ないんじゃ――。


「九郎! なにか、なにか来るよ! 逃げなきゃ――」


 得体のしれない猛獣が近付いているのではないかと、陽菜は怯え慌てる。


「いや。私が呼んだのだ」


「呼んだ!?」


「ああ。さっきの笛だ」


 あの冗談みたいな横笛――!


「呼んだって、なんで――」


 趣味の自己アピールタイムじゃなかったのか、と陽菜が気付いたとき、木をなぎ倒す勢いで巨大な生物が目の前に現れた。


「マジで!? なにこの動物!」


 陽菜は仰天した。先ほどの毛玉虫も充分規格外だったが、今度の生きものは――。


「熊っぽいのに、翼が生えてるっ!」


 顔つきといい体つきといい、熊と大型犬が合わさったような外見の巨大な動物で、陽光に輝く黄金色の獣毛に覆われ長い尻尾があり、驚くべきことに背中には大きな翼があった。


「陽菜。さあ乗るのだ」


「えっ。乗る!? 乗るの!? これに!?」


 不思議な獣は、九郎の前でひざまずく。


 あっ。


 九郎は、陽菜を軽々と抱え上げ獣の背に乗せ、自分も陽菜の後ろに乗る。陽菜が反対する余地も残さない、あまりに素早い動作だった。

 陽菜と九郎を乗せると――、獣は空を目がけ飛び立った。

 陽菜は叫ぶ。叫ぶな、と言われても無理な相談だった。


「えええーっ! 空、空飛んでるんですけど!?」


「大丈夫。彼の名は、イヌクマ。とても忠実な友だ」


「イヌクマ!? 見た目そのままの名前っ。てゆーか、空を飛んでることに対して、なにか言葉はないんかーい!」


 風を切る、イヌクマ。陽菜はなるべく下を見ないようにした。


 友……。そういえば――。


時雨(しぐれ)! 時雨がいないけど、どうなってるの!?」


 謎の大きな槍を持った時雨。まるで、なにかと戦うつもりのようだった。


 ええと。洗面所のほうから大きな音がして。それで、時雨とはそれきり――。


「時雨を心配してくれるのか」


「違うっ。心配してなんか――」


 九郎も時雨も知らない、私とは関係ない人だもん!


「ありがとう」


 九郎は、陽菜に感謝の言葉を述べていた。心の深いところからでた、確かな重みのある言葉として陽菜の耳に届く。


「大丈夫だ。きっと、合流できる」


 なにが起きているかわからない。でも、九郎は――。


「時雨は、強い男だ」


 九郎は、時雨を信じているんだ。

  

 九郎は、前を見つめているようだった。

 すぐ耳元で聞こえる、九郎の声。九郎は、必死でイヌクマにしがみつく陽菜を、後ろから支えるようにしていた。


 九郎、近いというか、ずっとくっついてるんですけどー!


 陽菜の頭の中が、ぐるぐると回る。流れる雲のせいだろうか。


「もう少し安全なところに着いたら、説明する。すべてを」


 おお、説明してもらいましょうとも!


 空を飛んでいること、後ろから自分を支える九郎、物理的にも心理的にも心拍数が上がりっぱなしの陽菜は、もうここまできたらなんでも受け入れてやる、と開き直ることにした。

 色々なことが起こりすぎて、陽菜は気付かない。

 ずっと刀を違和感なく――イヌクマや九郎を誤って傷つけることもなく――右手に持っていることに――。

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