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謎姫、世界を救うっ!  作者: 吉岡果音
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第19話 あじさい

 記憶を辿る。もう何度も何度も、繰り返してきた。

 追い求めれば追い求めるほど、「真実」の周りをもやが覆い、遠のいていく――、そう九郎は感じていた。


 あの日の前日――。


 九郎の心は、ふたたび「あの日の前日」に戻っていた。

 あの日とは、飛蟲姫(ひちゅうき)の復活の日。

 そして、「あの日の前日」とは、静月(せいげつ)と最後に会話を交わした日。


「静月――」


 伊崎賢哉の家の庭、楓の木を瞳に映しながら、九郎は友の名を呟いていた。




「出発は、三日後ではなかったのか?」


 九郎は驚き、振り返って時雨(しぐれ)を見た。

 雨上がりの朝だった。太陽が顔を出しているというのに、少し肌寒く雨の名残を残していた。無風だった。太陽の周りを囲む薄い灰色の雲。巨匠が描く名画のように、空が動かない。

 晴れの兆しもどこかよそよそしく感じられ――、なんとなく落ち着かなかった。


「はい。確かに、予定では。サン王子の婚礼の儀は、五日後。そのため出席される九郎様のご出発は、三日後のご予定でした」


 五日後、隣国の第五王子であるサン王子の婚礼の儀に、九郎は出席予定だった。それが、今日の午後出発と、予定が早まったのだ。


「なにか、他の催しにも出席する予定が増えたのだろうか」


 時雨は、首を左右に振った。


「いえ。どうやら、静月殿の占術による進言とのこと」


「ふうむ」


 静月の占術なら、間違いないだろうと思った。悪天候、なんらかの災害、事故、または魔族の活動の予兆――。

 なにかわからないが、予定変更が吉、と出たのだと思われた。


「しかし本日午後出発とは。また急だな」


「大変めでたい席です。こちら側としても、よりよき段取りで臨まれるほうがよいでしょう」


「まさか、余計なことを考えているのではないだろうな」


「余計とはなんでござりましょうか?」


「たとえば、だが。出席する要人の中、私の未来の結婚相手を探せというような――」


 時雨は、大声で笑った。


「時雨! 無礼ではないか。なにをそんなに――」


「いえ、九郎様がご結婚――」


「わ、私だってそれなりの年齢だぞ!」


「いやいや。それはそうでございますが、なにか、こう、突然そんなお話は、ちょっと想像が――」


 時雨、失礼極まりない。


「私も時雨の結婚は想像できんぞ!」


 ムキになり、言い返してみた。不毛な張り合いである。


「早めのご出発のため、道中にあたる、遠方のナイロ郡、ヤシ郡のご視察もなさいますよう、とのことでした」


 ナイロ郡、ヤシ郡とは隣国近くの辺境の地である。遠方であるし山々が連なるところでもあり、なかなか目の届かない地域、遠征視察としてちょうどいい機会に思えた。


「ナイロ郡、ヤシ郡の民たちも、九郎様のご来訪、さぞ喜ばれることでしょう」


 九郎は、うなずいた。隣国の王族の婚礼の儀、遠征視察。王子として、どちらも重要な公務である。

 しかし――、やはりどこか違和感があった。雨上がり、これから晴れるに違いない空だとわかっているのに、どこかでありえない暗転が用意されているのではないかという、不穏な予感――。


 帰ってきても、同じ日常なのだろうか。


 ふと、ばかげた疑問が頭をよぎる。


「九郎様。時雨様」


 九郎と同行する時雨たち一団に向かい、深く一礼する、静月の姿。

 出発前、城門近く、あじさいの前に静月がいた。


「静月。今回の出発を占ってくれたのだな。ありがとう」


 あじさいの花々が、咲き誇る。目に鮮やかな、深い紫の色。


「本日が吉と出ました。急なご変更を申し上げてしまい、誠に申し訳ございません」


 もう一度深く一礼し、顔を上げる静月。微笑みの前を、風が横切る。


「いや。視察の機会にもよかった。父王に代わり、民の声を聞いて参ろうと思う」


「誠に、よきことでございます」


 空の青。降り注ぐ日差しのぬくもり。止まっていた空が動き、花々がかすかに揺れ躍る。

 

 あの、朝の胸騒ぎは――。


 どこにもない。いつも通りだ、九郎は、そう納得しようとした。


「九郎様。時雨様。どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 静月は、微笑んだ。あじさいの花のように鮮烈な、美しい微笑み――。

 九郎は笑って挨拶を返し、歩き出す。


「九郎様――!」


 門をまたごうとする瞬間、静月の声に、振り返る。

 九郎は、静月を見つめた。


 なにか、言い忘れたことがあるのだろうか。


 そのときの静月は、少し戸惑っているような、なにか言いたげな顔をしていた。


「いえ。なんでも……。なんでも、ございません」

 

 そのとき――、どうしたことだろう。美しい青年に成長していた静月だったが、そのときの九郎の瞳には――、少年のころの静月が見えていた。

 時雨とバーレッドと静月、皆で笑い合っていたころ。

 皆の悪ふざけやじゃれ合いに、ちょっぴり戸惑っていたころの静月。


「静月……?」


 静月は、叫ぶ。幼いころの面差しを残したまま。


「まじないを……、まじないを施しました! ほんの少しですが、旅先でのご不便が予想されたので……! ですから、もう大丈夫です。どうぞ、ご安心を……!」


 ああ。なるほど。それで、日程を早めたのだな。


 やはりなにがしかの悪い影響を避けるための変更だった、九郎はそう考え、片手を上げ、静月に礼を述べた。


「ありがとう。気を付ける。では、静月もよき日々を」

 

 静月は頭を下げ、九郎は――、その瞬間の静月の表情を知ることはなかった。

 風の中、あじさいの花が揺れていた。




 それが、最後だった。

 静月も、父王たちとも。

 その翌日、飛蟲姫は封印を解いた。


 なぜ、父たちは――。静月は、飛蟲姫のもとへ向かったのか。


 幾度となく、湧き上がる疑問。

 人々は、利益国益のためではないかと噂した。

 

 きっと、違う……。なにかが、違う……!


 そんな話は、そんな動きは、聞いたことがなかった。

 あの日まで、日常は続いていた。


 そして、なぜ――。あの日私はいなかったのか。


 早められた出発。そして、なぜそんなときに父王たちは動いたのか。

 そして、飛蟲姫の飛び立ったその晩――。

 城は、大量の魔族に襲われたという。

 なぜか、城を中心として張られていた強固な結界は、破られていた。

 城の中の戦える者は、ほとんどが殺された。

 バーレッドの父も魔族と戦って敗れ、バーレッドは行方がわからなくなっていた。

 城に侵入した魔族を撃退するためか、王族に反感を持った人々の報復か――、城には火が放たれていた。

 九郎や時雨が事の詳細を知る手がかりや証言は、残っていなかった。

 九郎は、今、揺れる楓の葉を静かに見つめる――。


「九郎」


 優しい、声がした。

 振り返る、九郎。


「九郎は――、大丈夫。大丈夫、だからね」


 見上げる、澄んだ眼差し。


「陽菜――」


 心配そうな、陽菜の顔があった。


「私が――、『運命の姫』がいるんだからっ!」


 陽菜は、胸を張り、えへん、と咳払いし――、笑顔を見せた。

 あきらかに、無理やり作った笑顔だった。


「ぷっ……」


 あまりに取って付けたような満面の笑顔だったので、九郎は吹き出してしまった。


「あっ、なぜ笑うのよう!? 九郎! そこ吹き出すとこじゃないでしょー!?」


 真っ赤になって、怒る陽菜。ほっぺがふくらんでいる。


「うん、そうだな、そう――。大丈夫、だな。うん」


 九郎は笑いを嚙み殺し、うんうん、とうなずいて見せる。


「なにそれ、無理やり言ってないーっ!?」


 納得のいかない様子の陽菜。

 九郎は、目を細める。ころころ変わる表情の陽菜を、眩しそうに。


「ありがとう、陽菜」


「なに、それ」


 陽菜は、ごにょごにょとなにか言いたそうだが、黙ってしまった。

 自然な笑みが、九郎の顔に浮かんでいた。自分でも意外なくらい、素直な明るさで。


 大丈夫だ。きっと――。


 微笑んで、見上げる緑の葉。隣には、ちょっぴり怒ったような、困ったような――、でも、笑顔の陽菜。

 九郎の心を覆う黒い影が、苦い思いが、少しずつほどけていく、そんな気がしていた。

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