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謎姫、世界を救うっ!  作者: 吉岡果音
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第14話 黒い川面

 小さな四角い画面が、光と共に映像を映し出す。

 異世界からの面々は、陽菜が手にした不思議な物体に驚きの声を上げる。


「すごい魔法だ!」


 九郎、時雨(しぐれ)、バーレッド、ミショアは、目を丸くし釘付けとなっていた。


「いや、魔法じゃなく。これ、機械なんだ」


 陽菜が操作する手のひらの四角い機械――、スマホである。

 指一本を滑らすだけで、次々と光る画面が変わり、新たな情報が映し出される。


「まるで水鏡の魔法みたいですね。こちらでは、魔法ではなく文明がとても発達しているのですね」


 隣に座るミショアが、顔を近付け画面に見入る。同性とはいえ、ミショアの優しい花のような香り、体温を感じられるような距離に、なんとなく陽菜はどきどきしていた。


「こちらの世界、この辺りの最近のできごとは、こんな感じ。そんなに、変わったところはないと思うんだけど」


 陽菜はそう言いながら、ここ数日のニュース映像や記事をスマホに映す。

 特に、陽菜のいる地域、ローカルニュースを検索していた。

 事故、事件、災害。小さなものから大きなものまで、なんらかの異変。


「それから、こういう不思議な話、関係あるかなあ?」


 実際のニュースの他、オカルト系の体験談、最新の都市伝説まで一応探して見せていた。

 というのも、魔族が関与したと思われる事件はないか――たとえば、日常で今までとは違った、ささいなことでも違和感を感じるような変化はないか――ということを、ミショアに尋ねられたのだ。

 手っ取り早いかな、とスマホを取り出して見せたのだが、それが思った以上に効力を発揮していた。


「残念ながら――、私が感じたところでは、通常の事件や事故などに紛れた魔族の活動によると思われるものが、いくつか見受けられます」


 ミショアは、食い入るように一通り画面を見つめたあと、自分の魔法の力による見立てを述べた。


「えっ、そうなの!?」


 陽菜としては、特にここ最近不可解な事件などが急増しているとは感じていなかった。


「画面越しに、エネルギーが伝わります。たとえば、この記事。このエネルギーは、あきらかに魔族が関与しています」


 ミショアは、最近起きた未解決事件を指差す。それは、ある行方不明事件だった。ミショアによれば、この行方不明者は、失踪や誘拐、または事故などではなく、魔族に襲われた犠牲者なのだという。


飛蟲姫(ひちゅうき)は、まだ卵の状態。こちらの世界で生まれた魔族は今のところ存在しないのだと思います。こちらの世界に影響を及ぼしているのは、私たちの世界からこちらに来た魔族たちなのだと思います」


 オカルト体験談や、最新の都市伝説の記事にも魔族によるものがある、とミショアは続けた。


「そうだったんだ――」


 普通の日常だと思っていた。もうすでに、侵食が始まっていたのだ。

 呆然とする陽菜に、ミショアが声をかける。


「地図が欲しいです」


 地図……?


 疑問に思いつつ、陽菜はスマホを差し出す。


「地図? それならこれ――」


 画面を操作しようとする陽菜に、ミショアは首を振る。


「紙とか、実際に広げられる地図です。それから、地図上に印をつけられるもの、ええと、筆記具――」


 手元にはなかった。そういえば、筆記具もカバンに入れていない。


「わかった。じゃあ、買いに行こう」


 おなかもすっかり満たされていた。地図や筆記具の他に、こちらで活動しやすいよう、ミショアとバーレッドの服も準備してあげなければならなかった。

 陽菜たちは、喫茶店を後にすることにした。

 よほど料理や飲み物に感動したのか、異世界の面々は喫茶店のマスターに何度も礼や賛辞を送っていた。

 マスターの困惑しつつ照れ笑いする姿に、思わず陽菜は赤面し、


「なんか、すみませんっ。ありがとうございましたっ」


 ぴょこんと頭を下げ、謝ってしまっていた。




「なんじゃありゃあ! めっちゃ、かっけぇ!」


 車やバイク、自転車。それから、きらめく建物のネオンライトなどなど。

 九郎や時雨、ミショアは、見慣れぬこちらの風景を静かに受け入れ、比較的早く順応しているようだったが、バーレッドだけはいちいち忙しく反応していた。


「あれに、乗ってみてえ!」


 あっという間に通り過ぎる大型バイクを指差すバーレッド。確かに、バーレッドのイメージにぴったりな乗り物に思えた。


「バーレッド。ひとつひとつの不思議なものにはしゃいで、子どものようだぞ」


 時雨がたしなめ、少し静かにしているよう促す。


「しょーがねーだろ、俺は今、感動してるんだっ」


 バーレッドは唇を少し尖らせ言い返しつつ、大型トラックを目で追う。大型トラックも、運転したいようだった。

 いつの間にか、月が高く昇っていた。

 地図と筆記具、それからバーレッドとミショアの服の調達。色々動き回っているうちに、すっかり夜になっていた。

 陽菜は、九郎、そして着替えが済んだ時雨、バーレッド、ミショアの新しい服を改めて眺めた。


 我ながら、ナイスセンス!

 

 九郎同様、陽菜の選んだ、もしくは助言して購入した服は、それぞれ似合っているように思えた。

 もちろん働いているとはいえ、陽菜の貯金はそう多くない。いずれもカジュアルでとてもリーズナブルなものだ。しかしそれぞれの個性に似合っていること、そしてなにより皆が大変喜んで感謝してくれたことが、嬉しかった。


 私、こんな世話好きな一面があったんだなあ。


 グッジョブ、自分で自分を褒めていた。ちなみに、異世界の面々が、代わりに、と差しだそうとした宝石やあちらの世界の金貨などは、丁重に断り受け取らなかった。


 だって、お買い物は純粋に楽しかったし、自分の新たな一面も知れたし。それに、これから思いっきり皆の力に助けられちゃうだろうから。


 九郎の細身だが逞しい背を瞳に映しつつ、陽菜はそう思う。

 夜風が、九郎の長い髪を揺らす。

 

 そういえば、夜。今晩は、どこに泊まったらいいんだろう。


 これからどちらに行けばいいのか、道なりに歩きつつ陽菜が尋ねようとしたときだった。


「どこか、人気(ひとけ)の少ない広い場所に行きましょう」


 ミショアが提案した。


「魔族は、私たち同様、明照(めいしょう)のエネルギーを追えるのだと思います。だから、陽菜さんの家に現れたのです。なるべく、人々を巻き込まないよう、人の少ないところを選んでいきましょう」


 冷たい風に乗り、川の音が聞こえてくる。

 陽菜たちは堤防を下り、真っ暗な河川敷に来ていた。

 ミショアの言葉に従い、草の上地図を広げる。


「先ほどのええと、スマホ? スマホというんですよね、それをもう一度見せてください。あと、筆記具をください」


 ミショアは、渡された赤いペンに軽く驚く。こちらの文明は、本当にすごいですよね、と述べつつペンのキャップを開けた。


「俺も書いてみたい!」


 と叫ぶバーレッドを、すかさず時雨が小突いているところを、陽菜は目の端で見ていた。本当に子どもみたいだ。

 ミショアは、小声で呪文のようなものを唱えていた。そして、陽菜が差し出すスマホの画面と地図を見比べ、素早く地図に赤い印をつけだした。


 あれ……。もしかして、ミショアさん、スマホの記事だけで、地図の場所がわかってる……?


 記事には地名が詳細に載っているものもあれば、載っていないものもある。オカルト体験談や都市伝説などは、当然どこの話かわからない。しかし、ミショアは迷わず地図に印を付けていく。


「そして、ここが陽菜さんの家のある地域ですよね」


 陽菜は大きくうなずく。確かに、ミショアの指摘は合っていた。


「これが、魔族の出現したと思われる地域です」


 点と点を繋げると――、地図にはいびつではあるが、大きな円が描かれる形となっていた。


 これって――。


 一同、顔を見合わす。


「先ほどの遠隔探査魔法、それと併せて考えても、おそらく――」


 ミショアのペンが、すっ、と動く。赤いペンの先は、円の中心を指し示していた。


「飛蟲姫は、今、この円の中心辺りにあるのだと思います」


 川の音。かすかに、音が変わったような気がした。

 ミショアが川のほうを素早く振り向きながら、立ち上がる。同時に、九郎、時雨、バーレッドも川のほうへ鋭く視線を走らせていた。


 え。なに……? みんな、なにかを――。


 黒い川面が、不気味に泡立つ――。

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