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謎姫、世界を救うっ!  作者: 吉岡果音
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第1話 私のミニトマトは、いずこ。

「なにこれ」


 ベランダに出たときの、陽菜の第一声がこれだった。

 今、陽菜の瞳は、ありえない光景を映している。


 昨日、植えた、鉢が――?


 植木鉢の、反乱だろうか。植木鉢に、異変が起きていた。

 食費の節約にもなるし、育つのも収穫も楽しみだし、と、とりあえず始めてみたベランダ菜園。といっても、小さな植木鉢が二つ、ちょこんと並んでいるだけだったのだが。

 一つ目の鉢は、ラディッシュ。味の好き嫌いとか料理の使用頻度というより、ただただ、見た目のかわいさからのチョイス。これはマストだ、と植えることにした。

 もう一つの鉢は、ミニトマト。ごく普通のミニトマト、のはずだった。

 陽菜の瞳を捉えて離さない、ミニトマトの鉢から、芽吹いたなにか。

 いや、芽吹いた、という表現も適当ではなかった。

 土の中から突き出たそれは、どう見ても――。


「刀の、持つとこ!?」


 時代劇で見る、刀の柄が、思いっきり植木鉢に刺さっている、そんな感じだった。根元には、ご丁寧にも「つば」まである。


 これは、もしや、誰かの悪質な嫌がらせ的な、なにか――。


 でも、と冷静に考え直す。ごく普通の木の幹が、偶然刀みたく見えるだけなのかも、と。ただの目の錯覚、と無理やり片付けようとした。


 木の幹って、でもこれ、ミニトマトなんですけど。


 植えたのはミニトマト。でも一晩で生えたのは刀。


 これは誰かのいたずら――。


 意味がわからないが、このまま交番にこの鉢を持っていくべきかとうか、考えあぐねていたところ――。


『抜かんのかい』


 頭の中に、不思議な声が響いてきた。


 えっ。なにそれ。今の、なに……!?


 陽菜は思わず、両手を自分の頭に当てていた。


 知らない男の声が、聞こえてきた……?


『引き抜かんのかい』


 もう一度、声がする。


 ええっ。


 足元を見ると、小さなアマガエル。


 まさか、このカエルが、今の声を!?


 カエルが、引き抜かんのかい、と伝えてきたのではないか。そんな馬鹿げた考えが浮かぶ。


 カエルが、引き抜く――。引き抜く、カエル――。まさか……! ヒキガエル!?


『違うわ』


 あ、違うのね、と思った。そして、ハッとする。


 今、頭の中で、カエルとの会話が成立してなかった……!?


『娘よ。引き抜くがいい』


 気付けば、植木鉢から突き出た柄が、光っている。

 カエルが、引き抜けという。そして、ヒキガエルではないという。


「なんで、私の、ミニトマトが。なんで、ヒキガエルではないカエルが、私に言葉を――」


『ヒキガエルかヒキガエルでないかは、どうでもいい。娘よ、抜くのだ、それを』


 ええっ、怖いよ! そんな話、引くよ!


 陽菜は、心の中で叫んでいた。引く、と。


『ほう! 心を決めたか、引くがいい!』


 その「引く」じゃないっ!


 わけのわからない状況、わけのわからない会話にすっかり混乱した陽菜は、近くにあったなにかを掴んで振り回し、奇妙なカエルを追い払おうとした。


 え?

 

 陽菜は、驚き息をのむ。陽菜がとっさに掴んだものは、あの植木鉢から突き出た、謎の柄――。


 確かに握りやすかったけど、そんなつもりじゃ――。


 植木鉢ごと、持ち上げる。手にした柄の光が、一層大きな光を放ち――。


 なにこれ……!


 植木鉢だけが落下し、音を立てて割れる。陽菜の手には――。


「長い……!! どーやって入ってたの、これ!」


 植木鉢をはるかにしのぐ、長い刀が握られていた。


「よくぞ、引き抜いた。姫」


 男性の声がした。頭の中ではなく、はっきりと。


「ひめ!? じゃなくて、私は陽菜!」


 刀を手にしたまま、声のしたほうを振り返る。


「いな? 否、と言うたか、姫」


 濡れたような長い黒髪、切れ長の目をした、長身の青年が立っていた。


「否、じゃなくて、陽菜!」


 てゆーか、名前が問題じゃない! 今は!


 ツッコミどころが、訊くべきところがありすぎた。

 ミニトマトの植木鉢から刀が生え、カエルが直接脳に話しかけてきて、刀を持ったら植木鉢から抜け、それと同時に不審者が現れた。ありえないにも、程がある。


「ケーサツ!」


 陽菜は、携帯電話を手に取ろうとした。


 きっと、この男が私の部屋に不法侵入して、植木鉢に細工して、ええと、ヒキガエルじゃないカエルを持ち込み……、それは、つまりきっと、嫌がらせの合わせ技する、新手のストーカー!


「待ちなされ。取り乱すでない。陽菜、とやら」


 陽菜の前に、立ちふさがる、誰か。


「また!? もしかして、新たなストーカー!?」


 新たな見知らぬ男性が、そこにいた。


 ストーカーパート2登場……!


 髪を緑色に染めたらしい、若い男性。瞳はカラーコンタクトをしているのか金色で、ぱっちりと大きな目をしている。目と目の間隔が広めのせいか、かわいらしい童顔で、そのうえ背丈も低く小柄だった。見ようによっては、女の子のようにも見えた。


 パート1は美形、パート2はかわいい系か。悪い奴のくせに、コンビネーションが、えぐいな。


 パート1とパート2を交互に見比べ、肩で息をしつつ陽菜は考える。携帯は、部屋の中、パート2を押しのけないと取れない。


 こちらは、刀という武器を持っている。って、私使えるわけないじゃん、そんな怖い物!


「助け……!」


 叫ぼうとする陽菜の口を、パート1の手がふさいでいた。長く美しい指の、大きな手のひら。


「この世界の人々を、巻き込みたくはない。大声を出すのは、控えてくれ」


 この世界の人々……?


 パート1は、「この世界の人々」と言った。ということは――。


「あんた、どの世界の人よ!?」


 パート1の、澄んだ瞳がまっすぐ見つめる。


「我らは、姫とは違う世界から来た」


 低い、張りのある穏やかな声。


 ほう。住む世界が違うってか。


 陽菜は、理解した。犯罪者の世界と堅気の世界。そういう分けかたか、と。


「違う! 私は犯罪者じゃないでしょ!?」


「ん? どうした? 誰が犯罪者の話を――」


 パート1が、そう言いかけたとき、パート2が割って入ってきた。


「まあまあ。とりあえず、落ち着くのだ。茶でも飲みながら、話そうではないか」


 パート2が、部屋に入るよう促す。パート2のほうは、明るい高音の声で、独特な言葉遣いとのギャップがある。


「部屋って……。ここ、私の家でしょ!?」


 なんであんたが、と言いかけ、陽菜はふと足元を見る。


 カエル。そういえば、カエルがいない。まさか――。


 踏み潰してしまったのではないか。陽菜は、おそるおそる自分の足の裏を確認する。


 よかった。カエルはいない。


「なぜ足の裏を見る。なにかのまじないか?」


 パート2が怪訝そうに尋ねる。


 ん?


 ふと、陽菜はあることに気付く。


 パート2の声、カエルに似てなくない……?


 びゅう、と風が吹く。

 晴れ渡る空。今日は、なにも予定のない平和な休日の、はずだった。

 

 それが、どうしてこんなわけのわからない――。


 悪夢だ、と思った。もしかしたら、自分は壮大な寝坊をしていて、これは実は夢なのかもしれない、などという可能性も付け加えてみる。


「どうした。自分の頬を引っ張ったりして。それも、まじないか?」


 今度はパート1が尋ねる。


 ラディッシュの芽は、無事出るのかな――。


 陽菜は、明るいチョコレートブラウンに染めた肩までの長さの髪を風に揺られるままにして、刀を手にしたままぼんやりと立ち尽くしていた。

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