カンバン
オレはオダ流空手道場のカンバンだ。雨の日も風の日も雪の日も道場の外で弟子たちを待っている。だけど今日は、道場の板の間に置かれている。師範代のハシバが道場主のオダに言った。
「師範、ぜひこの道場は私の手に!」
するともう一人の高弟のアケチが言った。
「おめえ、英語話せねーだろ。これからはグローバルな時代だ。海外進出したときこまるだろー!」
こんな町道場が海外進出なんかしねーだろ。するとハシバが言った。
「空手の実力ならオレの方が上だ! おまえが道場主だったら、道場破りが来たとき、すぐにカンバンを持ってかれるだろー!」
今どき道場破りなんか来るか? 昭和時代のマンガじゃあるまいし、すでに令和の御代だぞ。
ハシバがオダに言った。「ぜひ私に!」
アケチがオダに言った。「ぜひ私に!」
師範のオダが言った。「おまえら、そんなにこのカンバンがほしいか?」
「「ほしいです」」
「ならば、このカンバンを引っ張り合ってとった方にやることにする!」
は?
大岡サバキか?
「よーし、せーの!」
いたい、いたい、いたい、ひっぱるな! たしかに大岡裁きでは手を離した方に与えられていたけど…。両方離さない! だからいたいからひっぱるな!
「このままではラチがあかない」「そうだな」
二人はなぜかオレを板の間に立てた。…なんかいやな予感がする。
「師範、カンバンを後ろから支えていて下さい」
「え?」
オダがオレを支えると、ハシバが正拳突きを、アケチがローキックを、オレに叩き込んだ!
オレはまっぷたつに割れた。
「これで半分こすれば、仲良く……」
ぷちっ。
オレはキレた。二つに割れたオレは空中で合体して一つになり、四本の手足が伸びる。
「なんだコレは!」「つくも神か?」「わからないけどキモイぞ!」
オレはオダとハシバとアケチを全員ノックアウトした。
それから師範が変わった。オレはこの空手道場の道場主として、いちばん上座に座っている。
かつて師範だったオダが言った。
「あの…、師範」
「なんだよ」
「この道場のカンバンですけど、どうしましょうか」
おしまい