魔女ロザンサ1
あるあたたかい日のこと、いつものように起きたメイは目を見開いた。
目の前を──鍋が浮遊している。
「ロ、ロザンサ?」
もう半年は口にしていなかったであろう名前をメイは呼んだ。あたふたとしていると、すっと光が一筋通ったように、声が聞こえる。
「なんだい、そんなに驚いて」
ケケケと皮肉な笑いを浮かべたロザンサは、寝室から死角になる椅子に座っていた。
漂白剤につけたように真っ白になった白髪は、なぜか森林を思わせる深い緑色だ。
そうして、メイをじっと見る。
「アンタがよ~く眠っていたから、今日は私が朝食を作ってやったのさ」
命が燃えるように、真っ赤な瞳にメイは釘付けだ。
「なのに、なんだい。狐につままれたような顔して」
目を細くし横目でメイを見るロザンサ。
メイは体をわなわなと震わせ──子どものように抱きつく。
「ロザンサ!」
「わわわ! あ~、もう、なんだい。本当にどうしたんだかね、この子は……」
呆れ声だが、メイは歓喜の声を上げる。
「いいわ! 何とでも仰って下さいな!」
ロザンサはわけがわからないと言いたげな表情を浮かべて、ため息をつく。
「いい加減、離れてくれないかい。料理はね、作り立てが一番おいしいんだよ」
はあ~と長いため息をロザンサが吐いた直後、メイはパッと離れる。
「はい!」
目元を拭い、定位置に向かうメイにロザンサは首を傾げる。
「ロザンサ! ロザンサ! さあ、頂きましょう!」
椅子に座るなり、先ほどよりも生き生きと笑うメイ。
「忙しい子だね……」
いつまで経ってもアンタはうるさいね──とロザンサが言えば、メイはまたうれしそうに笑った。
昼になり、ジョンが配達にやってきた。
メイはウキウキと今朝の出来事を話す。そして、どうせ聞いているのでしょう? と、ロザンサを呼ぶ。
けれど、返事はない。
また眠ってしまったかとメイがしょげると、
「会えてよかったね」
と、ジョンが言った。
そして、
「もし、何かがあったら連絡して」
と、ちいさい紙をメイに渡す。
「え?」
「よい夜を」
ジョンは次の配達に急ぐからと、早々に山を下りていった。




