第五話
一方、城の中では。
「白雪姫は、王子と騎士達と共に元気よく騒ぎ立てております」
狩人が狩り場にしている森で、ぎゃあぎゃあとわめき散らす白雪姫と彼女の騎士達が(なぜが隣国の王子も一緒に)いるのを見かけた狩人は、王さまとお妃に報告をしていました。
というのも、狩りをしようと出かけたところで、その団体さんに気づいた狩人。これじゃあ、せっかくの獲物も騒がしさに逃げてしまうと、やかましい声を上げて騒ぎ立てるお宅の娘さんをどうにかして欲しいという嘆願です。いわゆる、クレームともいいます。
それまで無駄にそわそわと落ち着きが無かったお妃さまは、無意識に身体が強ばっていたのでしょう。狩人の言葉に肩の力が一気に抜けるのが分かりました。
ほっと一息ついたお妃に王さまが微笑みました。
「白雪が無事元気そうで良かったね」
そういって王さまは手を伸ばしお妃の頭をなでました。
まるで子どもにやるようなそれ。
けれどもお妃は払いのけませんでした。
だってあまりにも自然に王さまがやってしまうのですから。あまりにもその手が優しいものですから。
ただただ紅い頬が見えないように顔をふせてじっとするほかありませんでしょう?
お妃は知っています。
王さまがお妃にいう愛は親が子に抱くものと似たものであることを。
だからお妃は白雪姫が、自分と同じ愛を受ける彼女が、気に食いませんでした。
といいますか、ことあるごとに王さまと仲が良い様子をお妃に見せつけては、ふふんと小馬鹿にしてくる小娘に腹が立って仕方ありませんでした。しかも、こともあろうにあの小娘は二人っきりの時間も邪魔してきやがるのですから。ますます小憎たらしいったらありやしません。
なまじ、系統は違えど白雪姫もお妃のように比類稀なる美貌をもち、歳も近かったことも悪かったのでしょう。そしてなにより二人とも、王さまに構ってほしいっ子ちゃんであったのも運のつきでございます。こうして互いを敵と認識したお妃と白雪姫は王さまをめぐって熱き戦いを繰り広げるのでした。
お妃はどうにもこうにも白雪姫の存在が気に食いませんでした。
ええ、ええ。だって、あの小娘ときたら出会いがしら、
「まあ、こんな辺境なところまで。長旅もきつくなってくるお歳でしょうに。わざわざ。あっ、失礼いたしました、わざわざここまでいっらしゃらなければならないほど、貰い手が……なんてかわいそう……あっ、これからよろしくお願いいたしますね!」
などと、あの愛らしい顔でのたまうのですから。
お妃は、顔をひくつかせながらもどうにかこうにか「ま、まあ、なんて素直で妖精にように愛らしい方ね。おほほほ、きっと姿だけではなく、中身も妖精のような方なのね」と、『脳みそも心も米粒並にちっちぇえ生意気な小娘が!』と返せたあの時の自分に拍手を送りたいものです。
お妃は白雪姫がやってきた数々の嫌がらせをお妃は今でも鮮明に思い出せました。きっと、一生忘れないことでしょう。
お妃の25歳の誕生日には、「ストレスはお肌の敵ですわ☆」とにっこりと笑って『染みと小皺に効果絶大!~肌が気になる40代のあなたに~』とラベルが貼ってある化粧品をくれた時は、ほんとあの小娘どうしてやろうかしらと一晩中悩んだものです。
余計なお世話よ! とその化粧品は使われないのままですが、それでもやっぱり今は王さまに恋する乙女ですもの。特に気にしていなかったことでも人から言われると気になりはじめてしまうものです。
お妃はそっと小鏡に尋ねました。
この小さな鏡は決して嘘をつかないことをお妃はだれよりも知っていましたから。
「小鏡よ、壁の小鏡よ。この国で一番きれいなのはだれかしら」
「それはお妃さま、あなたさ」
その答えにほっと一息。
「そして白雪姫もお妃と同じくらいきれいさ!」
ぴしり。
お妃の麗しきかんばせに青筋が立ちました。あの小猿のような小娘と同様に扱われるのはなんとも腹が立ちます。
そもそもお妃は自分の容姿にこれといって頓着はしておりませんでした。むしろ、忌み嫌っていたのです。
お妃はその美貌から今までなんども貞操を狙われてきました。
幼い頃からあまりの美貌に人形では無かったのかと驚かれ、当時王女だった彼女が身につけたものを欲しがる変質者が現れることは序の口。親身であった侍女が実は王女の髪や爪で小遣いを稼いでいたことを知った時は、人間不信に陥りました。
たとえ敷地内の森で駆けずり回り、肌に傷がつこうと日に焼けようと、成長していくその美貌は衰えることを知らず日々磨きがかかるばかり。身体は彼女の意志に反して女性らしくなっていくとともに色香が身に纏い始め、要らぬ害虫が集るようになってから、ますます人が苦手になっていきました。押し寄せる求婚者もあれやこれやと、いちゃもんをつけて断っていました。
しかし行き遅れのレッテルを貼られる年に差し掛かるとさすがに大国の王であるお妃の父は渋面をつくったのでした。
それこそ圧倒的な美貌と色気で男を手玉に取っていると思われがちなお妃ですが、教養を身につける少女時代は社交界にでるよりも森で動物たちと遊んでいたほうが楽しいおこちゃまでしたから。
いかに動物たちの塒を見つけるか、いかに足が滑らないで木にのぼれるか、狩人顔負けの技術が身につくことはあれど、手のひらで男を転がす芸当なんて。
え、なにそれおいしいのかしら?
現在でも毎朝王さまからのおはようの頬へのキスで、林檎よろしく真っ赤になってしまうほど純朴なお方なのです。ちなみにその日課がお妃がなによりも幸せな時でございます。(もれなく邪魔した小娘には即人参の刑です)
むしろ純粋培養された無垢な少女に見える白雪姫の方が、おや白雪よジャグリングで飯代でも稼ぐのかい? と尋ねたくなるほど、数々の男どもを手玉に弄んでいるのですから。恐ろしいものですね。
そんな経験値ゼロなお妃ですが、こうして王さまと結婚できたのもあの小鏡のおかげでした。
あの不思議な小鏡は、お妃がまだ王女だった頃に森に住む魔女からもらったものでした。
さらに詳しくいうと、勝手に魔女の家に動物たちと侵入しては、どったんばったん家を壊さんばかりに遊びまわる少女に辟易した魔女が「これで遊んでな」と喋る小さな鏡を渡したのでした。
そこから意外にも魔女の子煩悩っぷりがみうけられますが、その優しさがあだとなってますます少女(ゆかいな仲間たち付き)が遊びに行くようになるのはまた別の話です。
とにもかくにも、窮地に立たされていた彼女はその小鏡に尋ねました。
「小鏡よ、わたくしの小鏡よ。わたくしに相応しいお方はだれかしら」
小鏡はいいました。
「森に囲まれたちいさなちいさな隣国の王さまさ!」
そうして人嫌いの王女は今の王さまに嫁ぎ、お妃となったのです。
もちろんその時は王さまが最愛の人を亡くされていたとか、小生意気なこぶがひとつばかりついているとか、まったく知るよしもなかったのですから、嫁いでからしばらくは小鏡を罵っていましたが今では分かります。
確かに小鏡はお妃に最適な人、そして最高の場所を選んだと。
この国の人々はなんといっても朗らかです。
なぜか、初対面のおばあちゃんに「お妃さま、ぜひ食べてください! うちの自慢です」と大根を二本渡されたり、
「お妃さま、今日も別嬪さんだねぇ! 元気がでるよ! ほらこれもぎたてだから」と林檎を袋いっぱいにくれたり、
子どもたちが道に咲いていた花を手にもじもじと、「お妃さまにあげる」とはにかみながら渡されたときは、胸に熱いものが込み上げました。(その花たちは丁寧にひとつずつ押し花にして、今でもお妃の宝物です)
最初は戸惑うばかりのお妃に、王さまは穏やかに言いました。素直に受けとれば良いのだと。お妃が笑顔になってくれることが一番みんなが喜ぶのだと。
正直お妃は半信半疑でありました。
大国にいた頃、今まで数々の者たちからの贈り物は高価であればあるほど良いとばかりに、すべてそのあとに「だから結婚してほしい」「だからあそこの家より便宜を図るようお父上に伝えてくれ」など見返りを求めるものばかり。
しかし、今では違います。
笑顔でありがとうと言うだけで、みんなそれ以上にうれしそうに微笑むものですから。
それを見たお妃がうれしくならないはずがありません。
容姿に過剰なほどに反応されないのも白雪姫というお妃にも負けず劣らずの美貌を見慣れているからなのでしょう。嫌いであった己の容姿も、にっくき敵である白雪姫に負けないように目を向けるようになりました。
まるで王さまのようなほのぼのとした国は確実にお妃の心を癒し(時に小娘に奮い立たせられ)、お妃の人嫌いを克服させたのでした。
お妃は本当に小鏡に感謝しきれません。
初めの頃は手鏡だった小鏡が、いまや豪奢な縁飾りがつき壁に飾られているのはそういうわけだったのです。
お妃はいつも思います。
王さまの恋は亡き白雪姫の母が攫って行きました。王さまはそれでいいのだと穏やかな笑顔でいうのですもの。
華麗に掻っ攫っていった女が忌々しくないといったら嘘になりますが、それはこれからが勝負でございます。優しい王さまが押しに弱いことはばっちりおさえております。でも今のままでも(白雪姫という目の上のたん瘤を除けば)お妃は十分幸せなのでした。
一方。王さまと頭を撫でられて頬を染めるお妃たちに、すっかり存在を忘れられている狩人は。
いちゃつく王さまとお妃。と、だんだん近づいてくる白雪姫の喚き声と騎士達の謝る声、それに被さるように聞こえてくる王子の笑い声。狩人は本日何度目かわからない大きなため息を吐きながらも、その泣く子も黙る強面の頬を緩ませてもう笑うしかありません。
だって。長閑であり心温かくて楽しいこの国と彼らが大好きなのですから。