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第四話


「大変でごさいます! 大変でございます!」


 大きな声が城中に響き渡りました。

息も絶え絶えと庭園にやってきたのは白雪姫の騎士の一人でした。丁度、王子とお茶会をしていた王さまとお妃は、これはただ事ではないと顔を見合わせました。


「どうしたんだい?」

 

 王さまは尋ねました。


「姫様が、姫様が……!」


 騎士は悲痛の叫びを上げて、涙ぐみながら語りはじめました。




 時は少々遡ります。

 白雪姫はまず、下僕たちを森に集めました。下僕その1に木材を、下僕その2には羽毛を、下僕その3には硝子の板を、下僕その4には美しい花たちを、下僕その5には純白の絹と白いペンキを、下僕その6には大工用具を今すぐ持ってくるように命令しました。


「いいこと?」


 白雪姫は仁王立ちで、残った下僕その7に言いました。


「このままではこの国はあの阿呆王子に乗っ取られてしまうわ! なんたって、お父様だけでなくあのお義母様すらも取り込んだのよ。良く聞いてちょうだい。わたしは阿保王子から貰った林檎を食べて倒れる。けれど実は元気で、死んだふりをして棺桶に眠っているわけね。わたしが倒れたことを聞いたお父様とお義母様が駆けつける。皆が泣きじゃくる中、お前たちが探してくた魔女の薬で奇跡が起きてわたしは一命を取りとめる。わたしは王子が林檎に細工したせいで、胸が苦しくなったに違いないと証言する。そうすれば危険分子であると判断して王子を追い出す流れにいくわ。これで完璧よ!」


白雪姫は高笑いをして、下僕その7に他の下僕たちが戻ってきたらこの計画を伝えるよう命令しました。


 


 ――というのが、白雪姫の筋書きだったわけですが。


「王子から頂いた林檎を喉に詰まらせて倒れました!」


 王さまは驚きに目を丸くし、お妃も思わず声を上げてしまいました。


「今は元気に寝ております」


 おしい。実におしいです。ある意味間違いではありません。けれども何か違います。まさに伝言ゲームが失敗した典型的な例です。下僕達の中で見事に歪曲かつ短縮されました。ここに白雪姫がおりましたら烈火の如く怒り狂っていたところでしたが、不幸中の幸いなことに。白雪姫は元気に寝ております。


 王さまとお妃は大きく息を吐きました。元気に寝ているとは、はてさてどういう事だろうとは思いつつ、とりあえず元気であることには違いありません。


「よろしければ私が姫の見舞いに参りたい」


 王子は立ち上がりました。


「林檎を詰まらせただけで王さまとお妃が見舞いに行かれるのも姫には恥ずかしいことでしょう。話を伺っておりますと、どうやら私が贈った林檎が原因のこと。なかなか姫と打ち解けられず、とても寂しく思っておりました。この機会にぜひ、姫とお話できたらと」


「そうかい」


 白雪をよろしく頼むよと、王さまは王子にお願いしました。王子の無駄にきらきら輝く笑顔を見て、あーあ、知ーらないとお妃は心の中で空を仰ぎました。


 



 その頃。森では。

 美しく繊細な白の棺桶にひとりの美しい少女が安らかに眠っておりました。 


 時折、口元がにんまりと動く少女――白雪姫は計画を頭の中で反芻させました。


 この日のために白雪姫は準備をばっちり済ませております。


 白雪の名にふさわしい純白。中には水鳥の羽毛がたっぷり入った敷物が入っているので、長時間仰臥位でも身体が痛くならないので安心です。心地よさを追求した、贅沢な一品でございます。総額に狩人の顎が外れること間違いなしでしょう。

 可憐な花々を敷き詰めれば、あら不思議。棺桶のような素敵なベッドが完成です。(下僕たちに二日かけて作らせました)


 白雪姫は目を瞑りながら、あれこれ考えました。たとえ王さまやお妃が白雪姫に構わなかったことを後悔して謝ってきてもそう簡単には起きないつもりです。


 泣いてすがってきたら、しょうがない、ちょっとくらい薄目で様子でも見ようかしら。などと考えていると、足音が聞こえてきました。


 ――来たわ。


 白雪姫は澄まし顔で死んだふりをつづけました。

足音はどんどん近くなり、やがて白雪姫のそばでぴたっと止まりました。白雪姫は速まる鼓動を諌めて、いよいよ息をさらに潜めて待ちました。


 しかし、相手はうんともすんとも言いません。


 棺桶に入っている白雪姫が視界に入っているだろうに、その足音の主は何もしゃべりません。泣きもしません。


 しばらく沈黙が流れました。


 ――なによ。


 白雪姫はすっかりひねくれました。

 泣いてすがってくるまで、けして起きてなんかやるもんですか!


 突然、唇になにか柔らかいものが触れました。


 ――――っ!


 それは唇をこじ開けて白雪姫の口の中にまで侵入したのです。


 白雪姫の息を呑み込もうとしわんばかりの襲撃に、白雪姫はかっと目を見開きました。

 そこには視界いっぱいの――麗しき王子の顔が。


「っん、ん!」


 ばっちり白雪姫と目があった王子は、口づけをしたまま器用に目だけで微笑みました。

 その間にも白雪姫の口の中を、舌で柔らかくとも強引に我が物顔で蹂躙します。いよいよ白雪姫の呼吸が苦しくなるというところで、王子の微笑みとともに満足気に去っていきました。


「よかった、 生き返った(・・・・・)のですね!」


 刺激が強すぎて思わず跳ね起き上がってしまった白雪姫に、王子は嬉しそうに歓声をあげました。相変わらず無駄にきらきらしいです。


「な、な、な」


「姫が倒れたと聞き、私も息が止まるかと思いました。人工呼吸法を習得していたことをこれほど感謝する時が来ようとは」


「ちょ、ま、しし舌っ、入って」


「ああ、神よ! ご加護を授けて頂き誠に嬉しく思います!」


 怒りと羞恥で顔を真っ赤にした白雪姫は叫びました。


「なんで、あんたがくるのよ! お父様とお義母様は!」


「姫の騎士から、林檎を喉に詰まらせて倒れたと聞いて驚いていましたが、元気に寝ていると聞いて安心しているご様子でしたよ。それでも心配そうにしておられましたので、恐れ多くも代わりに私が様子を見ると申し出たのです。そうしたら、姫が棺桶の中にいるのではありませんか! 私は早とちりしてしまいましたよ」


 王子は悲痛そうに顔を歪ませました。背中をなでさすろうとする手を、白雪姫は容赦なくはたき落とします。

 とりあえず、白雪姫が林檎を喉に詰まらせて元気に寝ているだけだとのたまった下僕はお仕置き決定です。

 よりにもよって、この王子が! 一番来てほしくない奴が来るなんて。棺桶に入っている少女に、不埒なことをしてくる奴です。


「皆様! 魔女の薬をお持ちしました! これなら姫様を助けられます!」


と、そこに騎士の一人が手に小瓶を持って戻ってきました。息を切らしながらも達成感に満ちた顔に、白雪姫は力一杯花を投げつけました。


「今来ても遅いのよ! というか他の下僕達はどうしているのよ!」


 白雪姫が起きていることに驚きつつ、騎士はおろおろと、


「王さまとお妃さまがお越しになりやすいように道の整備と案内役に……」


きっと王さまとお妃さまをお待ちしていると思いますと続ける彼に、王子は「あ、そういえば」と手を鳴らしました。


「騎士達なら途中に見かけましたよ。おかげさまで道も歩きやすく、丁寧にここまで案内して頂きました」


 にっこにこと笑う王子の言葉はまさに火に油です。大炎上です。


「全員! 今すぐ! ここに! 集めなさい!」


 怒り狂った白雪姫は怒鳴り散らして、騎士こと下僕に言いつけました。はいぃと、元気よく返事をした下僕の後ろ姿を追い立てるかのようにこれでもかと棺桶に敷き詰められていた花を投げつけました。


 もう、すっかり台無しです。こんなに腹立たしく、惨めなことはありません。ちっとも楽しくありません。白雪姫の目尻に涙が溜まりました。


 そんな白雪姫の姿に、王子は目を細めました。


「白雪姫。あなたのその美しい顔が屈辱に歪むのがなによりも好きですよ」


 ――ん?

 白雪姫は隣にいたあんぽんたんを見ました。


「ん? 姫、どうかしたかい?」


 見つめられたあんぽんたんこと王子は、きらっきらの笑顔で見つめ返しました。


「――いえ、なんでもないわ」


 いつもと変わらず勘にさわる笑みです。

 はて、先ほどのは聞き間違いかと首をかしげた白雪姫には、あやうく藪蛇をつつきそうになったとは知る由もありませんでした。



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