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第三話


「貴女が、かの噂の白雪姫ですね。噂に違わずなんと美しい。どうぞお見知りおき頂ければ幸いです」


 引き締まった身体がしなやかに動くと共に、肩からこぼれ落ちる美しき金髪。大国の麗しき王子が宝石のような碧眼を輝かせて、美しい姫君に跪くその様子は、まさに一幅の絵画のようでした。



○●○ ○●○ ○●○



 花たちが美しく咲き誇る庭園。

 そこには、石畳を蹴るヒールの甲高い音が鳴り響いていました。

 その足音の主――白雪姫の足取りは荒々しく、行く手を阻むもの蹴散らさんばかりです。

 花壇の花たちも、八つ当たりされたらたまらんと、白雪姫の視界に入らないように縮こまりました。


 代わりにせっせと下僕が等間隔に小石を置いていきます。その小石をすこーんと蹴飛ばしては、道先に小石を準備している下僕のおしりに当てるのです。


 しかし、白雪姫の機嫌は傾く一方。 


 どこへ行っても王子、王子、王子!

 つい五日ほど前からこの国にやって来た王子に皆夢中です。この王子というもの、お妃と同じ国の第四王子。つまりはお妃の弟だったのです。(お妃いわく正しくは異母弟とのことですが、白雪姫にはどうでもよいことです)

 何やら勉学を深めるためにもという名目で、至る国を巡っている王子。姉が嫁いだ国であり、各国にその美しさが噂される白雪姫に一目会いに、わざわざ小さな小さな辺境なこの国へ来たというのです。


 お妃の弟という時点で既に目を光らせていた白雪姫ですが、この王子がことのほか白雪姫の勘にさわるのです。

 

 白雪姫のことを一目みてその美しさに陥落するかと思えば、道化師のように跪き(あくまで白雪姫目線でございます)、手の甲に口づけを落としたのです。その目を見て白雪姫は鳥肌が立ちました。あの碧眼は、白雪姫の美貌に落ちなかったことに呆然とする少女を馬鹿にしていました(あくまで白雪姫目線でございます)。

 あともう少し面会時間が長ければ、猫を被るのも忘れて喚き散らすところでした。


 その日から白雪姫の日常が一変しました。

 皆、あの気に食わない王子のことばかり。臣下をおちょくっても、侍女へ一緒に遊びにいこうと誘っても、「申し訳ありません、また次の機会に」とあわただしく行ってしまいます。


 白雪姫の楽しみである王さまとのお茶会も、あの男がちゃっかり座っていて。


 そして、なにより――――


 ふん、と鼻を鳴らして白雪姫は、一際強く小石を蹴飛ばしました。


 ――――そう、お妃もです!

 あのお妃も、何時ものようにいたずらを仕掛けても、今は貴女の相手はしてられないのよとばかりに、おおざなりに反応するだけ。白雪姫へ何の仕返しもしてこないのです。


 いったいあの王子のどこが良いのでしょうか。外交や接待といったことに無縁な白雪姫には甚だ理解が出来ません。

 確かに容姿は良いです。

 けれど王さまのようなあたたかな大地色をした髪ややわらかな春の新芽のような緑色の瞳に比べたら、そんなもの! たとえ万人が王子のことを好もうと、白雪姫には道端の石以下です。ましてや、王さまやお妃たちの関心を得ている時点で抹殺対象です。

 

 今でも思い出すだけで、白雪姫の中でふつふつと怒りが沸き上がります。

 

 町の住人に貰ったのだろう袋いっぱいの林檎を「おや、姫も散歩ですか。林檎を頂きましたのでよかったらどうぞ。とても美味しいですよ」と、わざわざ林檎を入れる籠まで購入して渡してきますし(まだその時は厚い猫を被っておりましたからもちろん受け取りました。けれども、その林檎の美味しさなんでお前に言われなくても分かっているわ!と怒鳴りたかったのを白雪姫はぐっと堪えました。なんならお店も分かります。店長のおじさんの名前も!)、


 虫がぎっしりとつまった箱を王子の部屋の前に置いておけば「姫は虫が好きなのですか。幸い、ここには森がありますね! 一緒に虫取にいきましょう」と、一体どこから準備したのか手には虫取網、首には虫かごをかけ、頭には麦わら帽子の完璧スタイルで白雪姫に迫り(無駄にきらきらしいので実に不気味でした。本当にこの姉弟は何故虫が平気なのでしょう)、


 『ふらふらしてるちゃらんぽらん王子が! ここにお前の居場所なんてなくてよ!』と意味を込めて遠回しのようで遠回しになっていない脅迫文を送ろうとも、王子は何故か頬を赤らめて「こんなにも情熱的な手紙を頂いたのは初めてです。私も手紙を書いたので読んでいただきたいのです」と、書類(手紙と言ってよい厚みではありません)を押しつけてきた王子。通じなかったのかと今度は率直に「早く出ていけ」と書いても、またしても意味が不明なほどの大量の返信に、また文句を言うべく筆を執ろうとして危うく文通のようになりかけた時点で叩きつけました。そうじゃないのです。


 恐ろしいことに、白雪姫がしたことの何一つあの阿保王子に効いていないのです。お妃に悪戯をすれば、初めのうちは微妙でしたが、今では仕返しはあれど白雪姫が欲しい反応をしてくれるのです。しかし、あの王子は違います。なぜか喜び、むしろこちらに慣れつこうとするのです。はっきり言って気持ち悪いです。暖簾に腕押しです。

 嫌がらせをしているのは白雪姫の方なのに、ストレスがたまっていくのも白雪姫の方。おかしい。おかしいです。


 これでも足りないのか!と、王子を国から追い出す作戦を考えていると、どこからばれたのか、お妃には目尻をつり上げて、王さまにはやんわりと窘められては、白雪姫もこれ以上は出来ません。


 白雪姫のほっぺはぷっくらと膨れていました。

 何せ五日分の不満とうっぷんがぎっしりつまっておりますから。

 狩人と下僕たちで発散しても、ちっとも改善されやしません。


 今や国中の関心が集まる隣国の王子の存在は、白雪姫には許しがたいものです。目の前を飛ぶ蝿如き鬱陶しさです。

 これがただの蝿でしたら直ぐさま叩き潰していた所ですが、如何せん相手は、白雪姫の国が四つ分もあるような大国の王子。王子の食事に下剤でも仕込んだら、首が飛ぶのは間違いなく白雪姫です。


 ――――そうだわ


 ぴこん、と白雪姫の頭上に豆電球が灯りました。

 その愛らしい顔には、にんまりとした笑みが。

 ええ、狩人が見たら間違いなく頬がひきつっていたであろう、それはもう素敵な笑みでございます。


 ――こうしちゃいられないわ。


 白雪姫は先ほどの様子とうってかわって鼻唄を歌いながら足取り軽く、7人の下僕たちを呼びつけるのでした。






「献上の品で御座います」

「まあ! いつも御苦労様。うれしいわ」

 

 お妃は狩人から袋を頂きました。その中には、獣の生肉――ではなく、森に生る果実と茸です。週に一度程度、森で取れたものを狩人に納めてもらっているのです。特にオレンジ色をした小さな楕円の果実は森でしか採れず、お妃の好物なのです。代わりに狩人へ、城の養鶏場でとれる卵を箱に入れて渡すのがここ最近の流れとなっております。


「こむす……白雪は最近めっきり静かなようだけど。また貴方のところでご迷惑かけているんじゃないかしら」


 お妃の言葉に、狩人は目を瞬かせました。


「ここのところ二、三日、こちらにはいらっしゃっておりませんが…」


 あら、とお妃は首を傾げました。

 てっきり相手にされず拗ねた白雪姫が狩人のところに遊び散らしているのかと思っておりましたから。一体どこで、あの構ってちゃんは暇をつぶしているのでしょうか。

 狩人もてっきり、城で傍若無人に振る舞っているのだろうと思っていたものですから。


 お妃と狩人は目をぱちくりとさせて、思わず顔を見合わせました。


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