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第一話

 

「小鏡よ、壁の小鏡よ。この国で一番きれいなのはだれかしら」


「それはお妃さま、あなたさま。


 ――――そして白雪姫も同じくらいきれいさ!」


 





 森に囲まれたちいさなちいさなその国には、ひとりのお姫さまがいました。

 今は亡き王妃様が黒檀の窓際で針物をしている最中、あやまって真っ白な雪の上に真っ赤な血をおとしてしまった時に願った子であるお姫さまは、まさに雪のように白い肌と血のように赤い唇に黒檀のような髪をもつそれはそれは美しい少女でした。


 そんな愛らしいお姫さまは周りの人々から『白雪姫』と呼ばれ、十八歳となった今でも皆に愛されていました。


 ――と、いうわけにはなかなかいかないのが世の中でございます。

 

 実は、ひとりほど白雪姫を目の敵にしているお方がおりました。 


 そう。白雪姫の継母――現在のお妃さまです。


 

●○● ●○● ●○● ●○●



 とある早朝。

 空は雲ひとつない晴天、光が差し込む窓からは小鳥がぴよぴよと囀る声が聞こえてくる、長閑な日のことでございます。


 白雪姫は王さまに笑顔で朝の挨拶をして、いつものように席につきました。食事はよっぽどのことがない限り、王さまと継母であるお妃、そして白雪姫の三人でとるのが日課です。今日は王さまとお妃はすでに席に座っていました。今日のメニューは何かしら。うきうきとしながら朝食に目を向けた白雪姫は、絶句しました。


 それもそのはず。


 白雪姫の朝食には毒が入っていたのです!


 橙色をしたそれを白雪姫は幼いころに一度だけ食べたことがありました。

 そのときのおそろしいことといったら。

 白雪姫の口の中に入ったとたん、今まで食べたことのない独特の風味で幼い少女の舌を驚かし、刺激で目が潤み、挙句の果てには軽い嘔吐感を引き起こすのです。たまらず吐き出してもしばらくその味はしつこく残り、その晩、夢にまで現れて白雪姫を苦しめたそれを、どうして忘れることが出来ましょうか。


 それがパンにも、スープにも!

 なんとデザートにまで入っているではありませんか!


 ああ、なんておそろしいことなんでしょう!


 王さまとお妃が食事をはじめても、未だ手をつけず俯く白雪姫をみて、お妃はひっそりと口元を吊り上げました。







「――――それで?」


「ああ、今度こそお義母様は私のことを殺すつもりなんだわ!」

 

 城の庭園から南西の方角に森へ続く小道を辿ること、時間にして幼子がコッペパン1つ食べきるくらいでしょうか。その小屋はありました。


 素旅れた小屋は、いつもは風によって縦にも横にもぐらぐらと危なっかしげに揺れていますが、今日は違います。悲しみに満ちた声によって小さく震えていました。時折すすり泣きが混じるそれは、聞いている方が身を引き裂かれるような気持ちになるほど、痛々しいものです。


 そこには身動ぎするだけでぎいぎいと軋む椅子にちょこんと座り、顔をふせてしくしくと泣いている少女がおりました。


 肩で切りそろえた艶やかな黒髪に白い肌。水仕事など無縁の白く瑞々しい手に覆われて今は見えませんが、その向こう側にはどれほどの美貌が隠れていることでしょう。儚げな身体には、纏う春の花々を織り込んだようなこれまた素晴らしいドレス。華美な宝石が付いていなくとも針子や織師の卓越した技術がこれでもかとつめこまれた最高級品に違いありません。いくら装飾品に疎い武骨な者でもひと目でわかります。


 おそらくこのおんぼろ小屋など、ぽんと買えてしまうことでしょう。――くやしいことにお釣り付きで。


 けれども小屋の主である狩人は。


 やおら立ち上がると、ぼさぼさの箒を片手に掃き掃除。

 小屋の隅に溜まっていた砂埃が振動で小さく舞い上がるのに一度気づいてしまったらもう駄目です。ただでさえ、おんぼろ小屋は隙間が多いせいか、毎日毎日せっせと掃除をしても砂埃は溜まってしまうのですから。

 気づいたら即行動。

 大きな体躯を丸めてちりとりで丁寧に取ってごみ箱へ、ぽんっ。たとえそのまま外へ掃いてしまえば良いと言われようとも、そのようないい加減な事、狩人は許しません。ごみはごみ箱へ捨てるべきなのです。ええ、たとえごみ箱に穴があいていようとも。


 ひとりでもくもくと掃除を始める狩人に不満があるとばかりにどこからか、舌打ちがひとつ。


 それでも掃除を続ける狩人に、今度は啄木鳥きつつきごとき連打の舌打ち。


 狩人はようやく手を止めて、麗しき少女――――白雪姫の方へしぶしぶ目を向けました。

 まさに深窓のお姫さまといったところですが、しかしその淑やかな見た目とは裏腹に騒がしいまでの泣きじゃくりに(――狩人が視線を向けた途端、見せつけるようにいっそう喧しくなったのは気のせいでしょうか)狩人はひくひく引き攣る口元をどうにかこうにかおちつけて、なぜこんなことになったのかとおもわず遠くを見つめました。


 今日もいつも通り、狩りにでかけようとしたのです。


 弦を張り直したばかりの弓を肩に担ぎ、腰には三年間こつこつと貯金してようやく買うことのできたちょっぴり上等のナイフを差して、曇り空でも気にならないほど爽快な気分で、(はたからみれば泣く子も黙るその強面はぴくりとも動いてはいませんが)うきうきしながら身支度を整えていたのです。


 ――それなのに。


 このお姫さまときたら強盗よろしく勝手に小屋に押し入っては狩りに出ようとしたところを無理やりひきとめ、話を聞くとも言っていないのにこれまた勝手にくっちゃべりだしたですから。


 もはやお客とはいえません。りっぱな不法侵入者です。


 いくらこの国のお姫さまとはいえ、我が物顔でくつろぐ侵入者に出してやるお茶など狩人にはこれっぽちもないのです。

 ましてや同情など。むしろ今日も狩りに行く時間を削られていく自分に欲しいものだと、心の中でため息を吐きました。


 とりあえず、狩人が言っておきたいのはただひとつ。


「人参を食べたくらいで死にません」


 好き嫌いはいけません。

 ええ、それはもう、きっぱりと。


「――なによ、つまらないわ!」

 

 すると先ほどまで泣いていた姿はどこへ行ったのやら。

 白雪姫はけろっとした様子で顔を上げて、喉が渇いたと言い出し始めました。


「お茶」

「承知致しました!」


 すると、いったいどこから湧いて出てきたのでしょうか!

ばんっと勢いよく小屋の扉が開かれた(と同時に扉がふっとんでいきました)と思ったら、元気な返事とともにひとりの騎士が紅茶が注がれたティーカップを白雪姫の目の前に置きました。テーブルを見てみるとちゃっかりティーセット一式が。


 ――いつの間に…!

 目をひんむく狩人をよそに、おんぼろテーブルには上等なクロスが敷かれて、可愛らしい花まで飾られています。

 壊された扉に気をとられているうちに、狩人の小屋はまるで宮殿のお茶会のように大変身です。


 あー、ひと芝居終えたわ。とばかりにゆったりと喉を潤す少女を見て、これはまだまだ居座りそうだと察した狩人は今度こそおおきなため息を吐いて、軋む椅子にどかりと腰掛けました。



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