ルーのお気に入りクッキー
もふしらクッキーコラボの後半戦、4月15日(土)からです!!
後半に登場するのは前半に引き続き「音のクッキーセット」「香りのクッキーセット」そして、後半のみの「ルーのお気に入りセット」です!
今回はルーのセットSS書きましたので、カクヨムサポーターさんへ先行公開! →4/17全体公開!
割と長くなった……
「いつ来ても、ここは気持ちが良いね」
こちらを向かない獣は、耳だけをピコッと動かした。
若草のいい香り。どこかから漂う花の香り。あたたかい土の香り。
揺れる梢の音。小動物の動く音。湖の鳴る音。
静かな音が、遠くまで続いている。
「いい匂い。いい音。それに――」
身体を反転させて、背もたれにしていたそれにしがみついた。
オレの体温なのか、ルーの体温なのか、ぬくぬくした柔らかな被毛がたっぷりとオレを包み込む。
存分に顔をすりつけたって、欠片も痛くない。
そのまま漆黒の毛並みに顔を埋めて深呼吸する。
なんて贅沢な猫吸いだろう。
猫なんて言ったら随分怒るだろうな、なんて考えてくすくす笑った。
「……匂いが移る」
べし、と長いしっぽで頭を叩かれ、顔を上げた。
「匂い? オレの?」
「お前の匂いなら――」
寛いで細くなっていた金の瞳が、ハッと見開かれた。
「お前の匂いなどどうでもいい! 妙な匂いだ!!」
「どうして急に怒るの。妙な匂いって……あ!」
そうだった。心地よさに目的を忘れるところだった。
「ふふっ! 妙な匂いだって言うなら、いらないかな? 美味しいんだけどな~?」
ちらちら窺うと、黒い耳は忙しくぴこぴこ、しっぽは慌ただしく揺れている。
「……いらんとは言ってない」
さりげなく囲うようにオレの背後へまわったしっぽは、無意識だろうか。大丈夫、逃げ出したりしないよ!
くすくす笑いつつ取り出したのは、あのクッキー!
オレも手伝ったから、いろんな匂いがするんだろうね。何せ、すごくたくさんのスパイスやハーブを使ったから!
「いっぱいあるんだよ! だけど、匂いが気になるなら――」
「ならん。寄越せ」
金の瞳はもうしっかりオレの手元へロックオンされている。
じゃあ、紅茶でも入れてティータイムだ!
ローテーブルを用意して、色んなクッキーを並べていく。並べる端から食べようとするルーを制しながらテーブルを埋めるのは、中々に大変な作業だった。
「ね? どれもすっごく個性的でしょう?」
蠢く鼻が、忙しそう。しきりと口周りを舐めているのは、無意識だろう。
◇
紅茶をひとくち、そしてふうとひと息吐いた。
「ん~、どれもおいしいね!」
「……甘みが薄い」
「そう、甘さ控えめなのが多いんだよ! その代わり、じっくり香りを味わえると思わない? そして、この音!」
手に取ったキャラウェイをパキリ! と半分かじり取って、残りをルーの口へ放り込んだ。
静かな森に、小気味よい音が響く。
「クセになる歯ごたえのものが多いよね!」
美味い、なんて言わないけれど、絶対に気に入ったでしょう。
「ゆっくりじっくり噛んで食べると、なんだか満たされるね。ルーはどれが好き?」
「……さあな」
「当ててみせようか?」
ぶっきらぼうな獣にくすりと笑い、ひとつを手に取ってみせる。
「これでしょう? カルダモンコーヒー!」
パキリとほんの少し囓っただけで、ぐっと苦みが来て、さっといなくなる。同時に広がるカルダモンの香り。かと思えば香ばしいコーヒーも追いかけて来て、抜きつ抜かれつだ。
カルダモンって、「香りの王様」や「スパイスの女王」って言われるらしいよ!
「……」
せっかくオレの方へ引き寄せた皿は、爪の生えた大きな手に取り返されてしまった。ほら、やっぱり!
「あとは……これとか?」
ちょっと意外だと思ったけれど、多分ルーは見た目なんて気にしてないんだろう。
一際目を引くきれいな紅色のクッキー。
さくり、と口へ入れれば爽やかな酸味と甘み。甘さ控えめのクッキーの中で、これはしっかり甘い方。
色味的にも、オレはてっきりベリー系だと思ったのだけど。
「苺にしては香りがしないし……何が原料で……あれ? ビーツ?」
走り書きの説明文を読み、まさかの材料にぽかんと口が開いた。ビーツバルサミコだって?!
「全然ベリーじゃない! うわあ……果物だと思ったのに!」
確かにビーツってこんな鮮やかな色だよね。それが、甘みとバルサミコの酸味でこんなに果実っぽく感じるんだ!
「果実でなければ、なんだ」
「えーと……野菜? カブみたいな形の」
「……」
あ、混乱している。少し首を傾げてクッキーを見つめる様は、ちょっとかわいいかもしれない。
「他には……あっ?! これ、もうちょっとしか残ってない! あとはオレの!!」
「ダメだ」
「どうして! ほら、割れやすいんだからそんな風に食べちゃバラバラになっちゃうよ! 1枚ずつ食べるの! できないなら残りはオレの!!」
これはもう、あからさまにお気に入りだろう。
とても薄い生地がぱりぱりと脆く軽い。フェネグリークチップ、これは甘くないやつだ。
なるほど、ルーが好きそう。だっておつまみっぽくてワインにも合いそうだもの。
なんだか食欲が刺激されて、ドンドン食べたくなっちゃう。オレだってもっと食べたいんだから!
だけど大きな口では上手に食べられっこない。
これ幸いと抱え込んだ皿に、ぬっと大きな手が侵入した。
「え、なんで人型になってるの?! もう! これ食べるためだけに人型になったでしょう!」
「知らん」
硬質の美貌をもつ青年は、そ知らぬふりでクッキーを頬ばったのだった。




