書籍外伝 若かりし彼らの一幕
2022/7/23
書籍外伝のカロルス様たち大人組の若かりし頃のお話が人気で11巻・12巻と続けて書かせて頂いた記念に!
書籍購入して下さっている方はもちろん、そうでない方にも楽しんで頂けるよう書いたつもりです。こちらは時期的には11巻と12巻の間の彼らの……というかカロルスとエリーシャのお話。外伝本編では他の二人がもっとメインで出てきます。
1冊で二度美味しい、みたいにもふしら本編とはちょっと違う雰囲気を楽しんでもらえたらなと!
そのため好みは分かれるだろうと思っていますが、楽しんで頂けたら幸いです!
通りに面した店がそろそろと開店準備を始めるのを尻目に、青年は人の流れと逆行するように足早に歩を進めていた。
金色の髪がわずかに色を濃くし、大きな歩幅に揺れるたび肌へ張り付こうとする。青年は無造作に額を拭うと、金の房を鬱陶しげにかき上げた。
ひとまず、人が増える前に館に戻りたい。
通りを占めるのが武具をまとったむくつけき男共であるうちに。
町から出ようとする彼らとすれ違うたび、青年へ鋭い視線が向けられる。彼にとってなんの痛痒も感じないそれは、寧ろ沸々と胸を沸かせる心地よいものだ。
しつこく絡む視線を横目に辿ると、にや、とわずかに口角を上げてみせる。
『来いよ』
雄弁にそう語ったブルーの瞳に、視線の主は泡を食って顔ごと他所へ向けた。空気を裂くようにびりりと走った気配は周囲の視線を一斉に集め、そして逸らした。
一瞬の邂逅で勝敗が決してしまったそれに、精悍な顔が残念そうに気配を緩めたのだった。
無事館の扉に手を掛けたところで、カロルスは安堵と苦笑の長い吐息をついた。
危ないところだった。朝の喧噪に巻き込まれてしまえば、どうなっていたやら。荒事なら大歓迎、しかし色事の方はご遠慮願いたい。その気もないのに色とりどりのドレスに囲まれるなんて、面倒でしかなかった。なぜ急に纏わり付かれるようになったのか、無頓着な彼にはサッパリ分からない。
「俺はずっとここにいたのによ、なんで急に……」
冒険者としてまともに活動しだした頃からだろうか。ただのカロルスがCランクのカロルスになり、瞬く間にBランクになった辺りから顕著になった。
『評価がなければ、人はそこに在る物に気付かないものです』
銀灰色の瞳を細め、あいつは鬱陶しげに言ったのだったか。
ため息と共に半分自室と化している客間の扉を開け、ぎくりと一瞬肩を跳ねさせた。
「……お前、当たり前みたいにウチにいるなよ」
脱力したカロルスに、ソファーでくつろいでいた人物が振り返ってにこりと微笑んだ。
「あら、いつの間に当たり前じゃなくなったのかしら? 毎朝街の外で鍛錬なんて、大変ねえ」
お前が年頃になってからだよ! そう言いたいのを堪え、放り投げられたタオルで顔を拭った。さすがにこの汗まみれの身体で令嬢の側へ寄るのは躊躇われ、距離を取って壁際で腕を組む。
「仕方ねえだろ。お前はいいよな、相手がいるからよ」
「ふふ、そうね、マリーのおかげで本当に助かってるわ。私はあなたみたいに外で鍛錬ってわけにはいかないもの」
一応、でもなくエリーシャはれっきとした貴族令嬢なのだから。それも、両親からは身体強化に特化していることは表沙汰にしないよう言い含められている。それはきっとエリーシャのためであり、そして物理的な懐刀として家が隠し持つためのものでもあるのだろう。
「だけど、あなただって派手に破壊しなければ庭で鍛錬できるでしょうに。鍛錬相手にグレイさんだっているでしょう?」
小首を傾げるエリーシャに、カロルスは思い切りしかめ面をした。
「そんな繊細な加減ができたら苦労しねえんだよ! それに、グレイと鍛錬なんて無理に決まってるだろ、街を破壊するぞ、俺が」
じゃあ全部カロルスのせいではないかと思いつつ、エリーシャ自身も確かにグレイは本気で殺りに来そうなので、鍛錬には向いていないかもしれないと思う。ある意味いい鍛錬だろうが、いかんせん街はもたないだろう。
「で、なんだよ?」
昔馴染みとは言え、ここへ入り浸っているなんてあまり公になっていいものではないだろう。そう思って身を引いているというのに――今は。
全ては、Aランクになってからと決めた。
しっかりと汗が引いたのを確認し、カロルスはエリーシャの真正面に腰掛けた。双眸で真っ直ぐとエメラルドの瞳を覗き込む。瞬間、わずかにとろりと揺れるこの光は、悪くない。
知らずにやりと上がった口角が、燃えるブルーが、どれほど人を揺さぶるかなど、ちっとも気に留めていないのだからタチが悪い。
エリーシャは大きく打った鼓動に、はしたなくも舌打ちしたい気分で気合いを入れた。
「……今日は、打診に来たのよ」
内心の熱を包み隠してふんわり笑う。揺らがぬ芯の通った穏やかな微笑みが、どれほど人を魅了するのかなど、この時ばかりはエリーシャの意識に上ることはない。今は、目の前の男へ対抗するのに集中しているが故に。
一方のカロルスは目の前で零れた光に、つい息を呑んで唇を結んだ。ふつふつと湧き上がる感情を押し込め、咄嗟に出てもいない汗を拭って顔を隠す。
「だから、何のだよ」
思いの外早口で返した言葉を気に留めることなく、エリーシャは珍しくほんの少し言い淀んで口を開いた。
「その……護衛の打診よ。少し遠出するの」
「は? 護衛? 誰の?」
「私に決まってるでしょう!」
むっと唇を尖らせたエリーシャをまじまじと眺める。見た目がどうあれ、中身は小型重機のマリーと遜色ない彼女の、護衛?
「……何から護衛するんだよ?」
まさか、ドラゴンに襲われる予定でもあるのだろうか。心底不思議そうに首を傾げたカロルスに、エリーシャはいよいよ頬をふくらませた。
「普通の護衛なの! 盗賊とか、魔物とか! 普通に護衛してほしいの、Bランクになったんでしょう? その、お母様があなたたちに頼めって言うから!」
「あー、あれか、見栄えってやつだな。だけどお前んとこの護衛がいるだろ?」
カロルスもそのくらい心得ている。貴族女性が出かけるのに、護衛がついていないなどあり得ない。たとえ令嬢が護衛を守る展開になるとしても、見栄え的には守られている感が必要なのだ。
「そうよ、普段はそれでいいのだけど……お母様はあなた達を気に入っているから」
つまり、評価を上げようと画策してくれているのだろうか。
「それに、あなた達だったら私も息抜きになるじゃない? マリーもいるし」
……そうとも限らなかったらしい。おそらくは後者の理由が大きいのだろう、お嬢様もたまには外で暴れたいという。
「ふーん。俺らの指名依頼を取るの、結構大変らしいぜ?」
何せ、カロルスとグレイが断っているから。カロルスは思案気な顔をして、ちらりとエリーシャを窺った。
エリーシャはぱちりと瞳を瞬かせ、すっかり冷めているだろう紅茶をひとくち啜った。
「……だから、こうして直接交渉に来たのだけど」
まさか断られる可能性など考えもせず、急いで手持ちのカードを探す。何か、この気ままな男を動かす手を持っていたろうか。
僅かな動揺を感じ取って、カロルスはふいに手を伸ばした。
「あ……」
華奢な手には触れないように――ただし、熱は感じればいい。
奪ったティーカップをこれ見よがしに一気にあおって、ブルーの瞳に艶を滲ませる。
「いいぜ。交渉成立、だ」
にやっと笑ったいつもの顔に、エリーシャは胸に留めていた熱が頬まで上るのを感じたのだった。
若かりし頃のお話、いかがでしょうか。
書籍版外伝もこんな雰囲気で書いてますので、お好きな方はぜひ~!若かりし頃の彼ら外伝は11巻と12巻に入っています。




