父の日 カロルスVer.
父の日 のカロルスver.です。
ユータver.を先に読まれることをお勧めします!
いつものごとく、小さな影が唐突に飛び込んで来て机に身を乗り出した。
「ねえ、カロルス様! オレにしてほしいことってない?」
めいっぱいに瞳をキラキラさせて、一体何を考えているのやら。突拍子もないのはいつものことながら、そんなことを急に言われても思い浮かぶのはひとつだけだ。
「お前にか? なら、飯を――」
「お料理は作るから! それ以外なの!」
言いかけた途端に遮られてしまった。そうか、久々のユータの飯なら楽しみにしておこう。ジフの飯はもちろん美味いが、ユータの飯はまた別だ。
食うときに、じっと俺を見るからな。期待半分、不安半分、その目が真摯に俺を見ているのは、なんとも面映ゆい。
早々に笑みを浮かべそうになる口元を堪え、『それ以外』を考えてはみる。ユータに、というよりも今俺が一番してほしいのは目下のところ、この作業だが。
「それ以外って言われてもなぁ……書類仕事かあ?」
がっくり。
その言葉をそのまま表現したような顔に、小さく吹き出した。どうやらお気に召す解答ではなかったらしい。
それでも渋々手伝ってくれようとする様子に、おや? と首を傾げた。
普段なら、仕事は自分でしろと言うだろうに。今日は、何か特別な日だろうか?
ユータは時々、こういうことがある。
ユータの祖国では、何とも奇妙なことに、色々なことをする日があったと聞いた。もしかすると、今日は人を手伝う日、なのかもしれない。
普段なら大半をぼうっとして過ごすものを、こうして貼り付かれてしまえばやるしかない。お互いぶつくさ零しつつも、早いこと片付いていくのは純粋にありがたかった。
ちら、と視線をやれば、小さな人間が真剣な顔をして書類を眺めている。きり、と引き締まった目元と、ふくふくとこぼれ落ちそうな頬がアンバランスだ。その口が随分とんがっているのは仕様だろうか。
俺がにやにやしながら眺めているなど気付きもせずに、漆黒の瞳が忙しく文字を追って長い睫毛を瞬かせる。不器用そうなおもちゃみたいな手が、1枚を片付け、もう1枚をつかみ取った。
やっていることは至って真面目な文官みたいだが、小さいというだけでこんなに面白いものか。
乱れかかる前髪を鬱陶しげに顔へなすりつけ、書類の下方へ視線が移るにつれ、ますますくちばしが尖っていく。
俺は笑みを堪えて自分の手元へ視線を戻した。盗み見て笑っていると知れたら、こいつはまた怒るだろうから。
真剣に取り組むユータの横で、俺がサボっていてはさすがに体裁が悪い。
それに、面倒極まりないが、終わらないとここから出られない。はあ、とため息を吐きつつペンを動かした。
本来大した量もない書類に目処がつき始めた頃、とうとう文字列ばかりに嫌気がさしてため息を零した。
ユータは、と視線を上げれば、大きな黒い瞳とかち合った。どうやら、こいつもそろそろ飽きたらしい。
「違うよ、オレの担当は終わったの」
むっと頬を膨らませるところを見るに、本当に終わったらしい。優秀なことだ、普段あんなにぽんこつなくせして。
「そうか、ありがとな。俺は飽きたぞ」
正直にそう言って思い切り身体を伸ばすと、ユータの視線がつうっと伸ばした腕の先までついて行った。
常日頃から大きくなりたいと言ってはばからないユータは、俺のでかい図体が気に入っているらしい。
でかくなればいいと思う。思うが、まだ今は小さいままでいいだろう。でかくなるのは、まだ当分先でいい。
「じゃあ、その書類が終わったら休憩にしよう!」
おやつを差し出され、俺はガキか動物か、と思いつつも効率が上がってしまうのはどうしようもない。
動物も人間も、目の前に餌があれば奮起するものだ。
何気なく昼飯を尋ねると、少々不服そうだ。正直、なんでもいい。なんでも美味い。
遅々として進まなかった書類をあっという間に片付け、小さな身体に手を伸ばす。
抵抗なく引き寄せられる身体が愛おしい。つい顔を埋めてすんすんと鼻を鳴らした。
「オレ、まだ何も作ってないからいい匂いしないよ?」
くすぐったそうにそう言うが、いい匂いはする。何の匂いか知らないが、『柔らかい』を香りにしたら、きっとこんな風だろう。
「そうか? 囓りたくなるけどな」
イタズラ心を出して、かぷりと腕に噛みついてやれば、きゃあきゃあと一際高い笑い声が響く。
「オレを食べちゃダメ! おやつがあるでしょう!」
怒られたものの、満足だ。コロコロ言う笑い声は、きっと大人を癒やす効果があるのだろう。
小さなケーキは、見た目通り甘くて美味かった。何か知らんがいい香りがする。ユータとはまた違う、爽やかでスッキリとした香りだ。
俺の食べ方が気に食わないらしいユータが、じろりと俺を睨んで苦言を呈した。
「ちゃんと、しっかり噛んで食べなきゃダメだよ」
メッ、と言わんばかりの大人ぶった表情が可笑しくて堪らない。つい、ちょっかいを出したくなるのは仕方ないことだと思う。
「へえ? 分かった」
にやっと笑みを浮かべて腕を取ると、きょとんとしたユータが大慌てで俺の口元から腕を奪い返した。
「オレじゃないの!!」
しっかりと背中へまわされた腕と、憤慨した顔。お前、本当に俺が食うと思ってないか?
些細なイタズラもしっかり拾ってくれるユータは、やっぱりまだそのままでいい。
今日が何の日だったか知らねえけど、楽しいことには違いない。
俺は大笑いしながらそう思ったのだった。
父の日続きのお話、もう少しだけカクヨムさんの限定公開でUPしています!




