贅沢なお返し
2022/03/14 ホワイトデー閑話
いつものようにギルドに行くと、なんとなく普段と雰囲気が違う気がした。
みんなの視線を辿ると、壁に背中を預けて所在なさげにしていた美丈夫に視線が止まる。
「……よう」
オレを見つけて長い脚の数歩でやってきたその人に、ぽかんと口を開けた。
「カロルス、様? えっ?! どうしてハイカリクに?」
混乱しつつぴょんと飛びつくと、すくい上げるように抱き上げてくれる。
「用事もあったんでな。ここで待ってりゃお前が来るだろうし」
にっと笑った顔に、徐々に喜びが追いついてきた。
転移で簡単に会いにいけるのに。しょっちゅう会いに行ってるのに。
なのに、会いに来てくれたことが、こんなにも嬉しい。
その首に両手をまわし、目一杯の喜びが溢れているだろう顔を押しつけた。だって、オレばっかりこんなに喜んでいるなんて、悔しい。ぎゅうっと力一杯しがみつくと、大きな手がわしわしと頭を撫でた。
「絞めるんじゃねえよ。……嫌だったか?」
ほんのりと心配そうな声に、慌てて首を振る。お話できるようになるまで、ちょっと待ってて。
「――え? お返し?」
思わぬ台詞にきょとんと瞬いた。
「お返しの日、だろ? 何がほしい? 何でも言えよ」
ギルドのテーブル席に腰を落ち着けると、カロルス様がそんなことを言い出した。そっか、バレンタインのお返し……そんなこと、覚えていてくれたんだ。オレがお菓子を配るなんて、いつものことなのに。
えへ、と顔をほころばせたものの、欲しいものなんてあったかな。
「うーん、だけど今欲しいものは特に……調味料も足りているし」
顎に手を当てて考え込むと、とんと額を小突かれた。
「それはほしいものじゃねえよ、必要なものだろ。お前がほしいものはねえのか?」
ええ? そう言われるとますます分からない。
ううんと唸るオレのほっぺを、大きな手がむにむにと揉んでいる。もう、とその手を外すと、目の前の美丈夫が大きく口を引いて笑った。
カロルス様がそんな風に笑うと、嬉しくなる。
オレ、お買い物に行くよりこうしてる方が楽しいかもしれない。
「そうだ、じゃあカロルス様、今日は一緒にいて!」
いいアイディアに勢い込んでそう言うと、カロルス様はちょっと眉尻を下げた。
「……だめ?」
他にも用事があったろうか。首を傾げると、ふわりと身体が浮いた。
「いいぞ。俺を1日レンタルだな。Aランクだ、高く付くぞ」
にやりと笑って頬ずりされると、無精ひげがざりざりと当たって悲鳴をあげた。
「えっ……レンタル……カロルス様を……1日?!」
「おいくら? おいくらなの……?!」
ギルド内のそこここで上がったざわめきは、聞こえなかったことにした。
「つっても、何するんだ? 別に俺がいたって何もすることねえだろ?」
そんなことない。だってこうして肩に乗って歩くだけでも、こんなに景色が違う。
オレたちはひとまず街をぶらつき、屋台で早めの昼食をとった。
「えーと、オレも今日とくに用事があったわけじゃないし、ギルドも何か依頼があるかなと思って寄っただけだし……じゃあ一緒に、薬草採りに行く?」
途端、カロルス様がぶはっと吹き出して視界が大きく揺れた。
「Aランク連れて薬草採りかよ。贅沢だな? そもそもお前だってDランクだろ」
「そう、だから贅沢なことをするんだよ!」
にこっと笑ったオレに、なるほど、とカロルス様も頷いた。
「なら、贅沢に薬草採って、昼寝して帰るか!」
「おー!」
晴れた空には、小さな拳が突き上がった。
「――薬草採るのに、随分離れるんだな」
「うん、だってティアがいると薬草いっぱい見つけられるから。他の人の分を取っちゃうと悪いでしょう。オレは街のそばで採らなくたっていいもの」
低ランク冒険者の人が困らないように、なんてオレもえらくなったもんだとシロの背中で胸を張る。
……それに、オレがレンタルしたんだもの、今日はオレだけのカロルス様だ。
誰もいない所の方が独り占めできていい。こっそりそんなことを考えてくすっと笑った。
『ゆーた、この辺りでどう? 広くて気持ちがいいよ!』
もっと走り回りたいシロがうずうずと足踏みしている。オレたちを乗せたまま猛スピードを出されても困るので、早々に背中から下りて見回した。
背の低い草が多い草原には、ちらほらと花が咲いて揺れていた。青草と、花のいい香りがする。近くの森からはさわさわと揺れる木々の音がした。
「絶好のお昼寝場所だね!」
「薬草はどうした」
薬草はすぐだよ、見ててね?
ティア、チュー助、蘇芳、モモ組と、オレ。二手に分かれてせーので薬草を摘み始める。
ピッピきゃっきゃと賑やかなちびっ子組と、黙々と薬草を刈るオレ。誰も薬草を摘まないような場所だもの、あっという間に集まるよ。
「ほら! もうこれで十分!」
2組分の薬草を束にすれば、瞬く間に花束ができそうな量になる。
「相変わらずだな……。街から離れて正解だ」
ぽん、と頭に手を置いて苦笑される。いつもはこんなに急がないよ、今日はカロルス様と一緒にいるからだよ。
「だって、早くお昼寝したいでしょう!」
腰を下ろしていたカロルス様に飛びつくと、大きな身体はそのままぱたんと後ろへ倒れた。緑の草の中にぱっと金の髪が広がって、オレを見るお空の瞳が細くなる。
空にかざすように高々と掲げられて、両手を広げて足をばたばたさせた。つい笑っちゃうから、ヨダレが滴りそうだよ。
「そうだな! はは、これは確かに贅沢だ」
カロルス様も、オレの好きな顔で大きく笑ったのだった。
ユータ:あ、カロルス様、しばらくギルドに行かない方がいいと思うよ
カロルス:なんでだ??
今年のバレンタイン閑話は……カクヨム様のサポーターズ特典にはあります…
ラキ&タクトのホワイトデーもそちらに…




