ホワイト・シルバーデイ
2021/3/14 ホワイトデー閑話 でもあんまりホワイトデー関係ない…
Twitterでユータとルーに次いでたくさんチョコをもらったシロ閑話です。
ぼく、ちゃんと聞いたんだ。
あのねえ、今日はお礼をする日なんだよ! この間もお礼をする日だったんだけど、ええと……その日にもらったお礼のお礼の日なの。
『あのね、ぼく、いろんな人からプレゼントもらったの! だから、お礼をしたいな。でも、何がいいかな?』
モモはいろんなことをよく知っているから、一番に聞いてみた。ぽん、ぽん、と弾む姿を見ていると、ぱくっと咥えたくてうずうずしてくる。だけど、とっても怒られるからやらないことにしてるんだ。
『そうねえ、町の人たちってことでしょ? それなら撫でさせてあげればいいんじゃないかしら?』
ぼくは、しっかりと耳を立てて聞いて、はて? と首を傾げた。
『撫でてくれたら、ぼくが嬉しいよ? お礼じゃないよね?』
モモは間違ったことを言わないと思う。だけど、お礼って何かしてあげるんでしょう? ぼくが嬉しかったらダメじゃないのかな?
『あなたが嬉しくてもいいの。町の人も嬉しいならお礼になるでしょう?』
ぽん、と頭の上に飛び乗ったモモがふよんふよんと揺れた。
ぼくのしっぽは、もっと勢いよく揺れた。
『そっか! モモ、ありがとう!』
嬉しくなってフシュ、と鼻を鳴らすと、すやすや眠っているユータをぺろっと舐めた。
……起きない。
じゃあもう一回。もっとかな? じゃあもっといっぱい。
「んん、わ、わ、分かったよ~起きるから待ってぇ」
ぼくはお座りしてじいっとその顔を覗き込んだ。そのまぶたが上がって、漆黒の瞳が見えるのを今か今かと待つ。ゆーたの瞳はね、とっても綺麗なんだよ。そこだけ夜のお空みたいに透明に透き通っているんだ。
ゆるゆると持ち上がって瞬いた瞳をうっとりと見つめると、嬉しくなってもう一度やわらかなほっぺを舐めた。
『おはようゆーた! あのね、ぼくお散歩行ってくるね! ゆーたは最後ね、だってとびきりだから最後のお楽しみに取っておくんだよ!』
「え? うん? そうなの? お散歩行くんだね」
寝起きのゆーたはあんまり何も分かってない。ちっちゃな手がこしこしとお目々をこすって、小さなあくびがこぼれた。
お人形さんみたいだねえ。ヒトはいっぱいいるけれど、ゆーたが一番素敵だと思うよ。
にこにこしながら見つめていたら、いってらっしゃい、と温かな体がぼくの頭を包み込んだ。ゆーたの、いい匂い。勿体なくていっぱい吸い込んでいたら、くすくすと笑われる。
『いってきます!』
離れていく腕を惜しみながら、パタパタとしっぽを振った。
チャチャチャチャ……
石畳にいい音を響かせて、しっぽを振り振りぼくは歩く。こっちを行く人におはよう! あっちに行く人におはよう! お話できないのがもどかしいけれど、にこっと挨拶すると、街の人もにこっとしてくれる。
あの人も、この人も元気で良かったね! ちゃんと生きてるねえ。
朝のお食事の匂いがあちこちから漂って、たくさんのヒトが生きている匂いがする。こんなにたくさんの匂いがする巣は、ヒトだけだと思う。とても賑やかで、パワフルで、頑張ってる。
「シロちゃんだ~」
「朝市に行ってきたんだよ! ユータちゃんは?」
広場にさしかかると、小さな子たちがわっと駆け寄ってきた。3人とも同じおうちの子だね。ゆーたはまだ寝ていたのに、偉いねえ。
「あらら、ごめんねシロちゃん。今日は配達はいいの?」
ママさんだ。このママさんはお礼をくれた人だから、いっぱい撫でてね!
さあどうぞ! とごろりと転がると、ママさんはにこにこしてしゃがみ込んだ。わしゃわしゃとデタラメにかき回すちっちゃな手と、するすると撫でる大人の手。人の手はすべすべしていて、温かい。細長くて器用だから、大人の手はとても気持ちいい。
「シロちゃん、一緒に帰ろー!」
小さな子たちがぼくの毛を掴んで駄々をこねた。じゃあ、お家までね。ひょいと3人を背中に乗せると、きゃあ、と歓声が上がった。
「ま、まあ。シロちゃん大丈夫? いいのかしら?」
『大丈夫だよ! ママさんも乗る?』
ちょっと狭いけれど、誰かをお膝に乗せたら座れるんじゃないかな? ぐい、と体を寄せて見上げると、ママさんはちょっと慌てて手を振った。
「え、私? いいのいいのよ、ありがとうね。シロちゃんは賢いわねえ」
『じゃあ、お荷物運ぶね!』
くい、とお荷物を引っ張ると、背中の子どもがぼくの代わりに話してくれた。
「ママ、シロちゃんお荷物を運んでくれるんだよ! ここに乗せて!」
「そんな、割と重いのよ? シロちゃん潰れちゃうわ」
心配しなくても大丈夫だよ、みんなとっても軽いから。
案内されるままに狭い路地を通っていると、向こうの方が騒がしい。ピンと耳をたてて首を傾げると、足を止めた。
――誰か! 止めてくれ!!――
大きな声で叫ぶ人と、スゴイ音をたてる馬車。どうしたんだろう、こんな狭い道を走ったらきっと危ないよ。
「シロちゃん? どうしたの?」
ママさんには聞こえないみたい。でも、ここは1本道だから、多分危ないんじゃないかな。きっとユータみたいには避けられないだろう。
『下りて、ここにいてね』
ぼくの体が入るか入らないかの建物の隙間に子どもたちを下ろして荷物を置くと、頭でぐいぐいと奥へ押し込んだ。
「何々? シロちゃん押さないで、かくれんぼするの?」
「疲れちゃったのかしら?」
あとはママさんが入ってくれたらと思ったんだけど、ママさんは隙間に入るのを嫌がって避けてしまう。
「あらあら、シロちゃん、私はかくれんぼはしないのよ。ここで待ってるから休憩して――何かしら? あっちの方から……」
やっとママさんも気付いたみたい。だけど、もうそこまで来てるよ。不安げに振り返ったママさんの顔が引きつった。
ガシャン、ドーン、あちこちにぶつかって色んなものを壊しながら、こんな所を走るはずのない馬車が迫ってくる。
「に、逃げ……」
そうだよ、早く逃げるんだよ。でも、ママさんはどうしてか、へたりと座り込んでしまった。そんな所に座っちゃうと、ぼく困ってしまう。誰も乗っていない馬車は、もうすぐそこだ。
「ま、ママ!!」
せっかく押し込んだ子どもたちまで出てきそう。モモがいたら簡単に止められるのに、ぼくだとちょっと難しいな。
「シロちゃん! 危ない!」
必死であっちへ行けと手を振るママさんを飛び越え、向かってくる馬車を真正面に見据えた。
お馬さんを止めることはできるけど、そうしても馬車はすぐに止まらないよね。お馬さんが怪我するかも知れない。
「グルルァ!!」
ちょっと訓練した『怖い顔』で大きく唸り声をあげると、お馬さんが急制動をかけた。ぼくはお馬さんをすり抜けると、ぐっと四肢を踏ん張って頭を下げる。
どんっ!!!
すごい音が鳴った。バキバキと色んなものが壊れる音がして、土埃と壊れた木の匂いが充満する。
「し、シロちゃん? シロちゃん?!」
優しい人だね。ぼくの心配をしてるんだろうか。ぶるるっと体を震わせると、壊れた馬車のかけらが飛び散った。へっぷし、と大きなくしゃみをして顔を上げると、馬車はほとんどバラバラになっちゃっていた。
『壊しちゃった……』
ぼくもちょっと痛かったけど、そのくらいで壊れたりしない。どうしよう、ゆーたが怒られるだろうか。
おろおろと耳としっぽを垂らしていると、わんわんと泣いたこどもたちが飛びついてきた。
「シロちゃん! シロちゃん~!」
「ありがと、ありがとう!」
どうやら、喜んでくれているみたい。ママさんも泣いているし、座ったままだからそっちに行ってあげて。ぼくはささやかにしっぽを振った。
お礼をしようと思ったのに、とんでもないことになっちゃった。
抱きしめあって泣くママさんたちを振り返り、忘れないようにお荷物を側に置くと、ぼくはトボトボと歩いた。
ゆーたに言わなきゃ。ぼく、悪い事しちゃった……。
『ただいま……』
「おかえ……どうしたの?!」
ぺったりと耳を伏せて俯いたぼくに、ゆーたがびっくりして駆け寄った。ふわふわとしっぽを揺らして、ぼくは重い口を開く。
『あのね、ぼく、馬車壊しちゃったの……バラバラになっちゃったの』
「え? 馬車がバラバラに?? どうして? シロはそんなことしないでしょう?」
不思議そうに小首を傾げて、ゆーたの漆黒の瞳がぼくを見つめた。
『馬車が走ってきてね、危ないと思って体当たりしたの』
ぺったんこになった耳を撫でて、ゆーたが苦笑した。
「シロが危ないと思ったんだったら、きっと必要なことだったんでしょう? でもそれだけじゃ分からないから、町に行ってみようか」
『うん……でも、ゆーたが怒られるかも』
「それで怒られるなら、いいんだよ。シロがすることにはちゃんと意味があるんだから」
一緒に怒られよっか。そう言って笑ったゆーたに、ぼくの耳も少し持ち上がった。
ぼくよりずっと小さくなったゆーた。やわやわしていて、細くて、だけど、大きなぼくよりもずっとしっかりとみんなを支えられる。
堪らなくなって体を押しつけると、ゆーたはすとんと尻餅をついた。ぼくもヒトみたいな手があったらいいのに。そしたらゆーたをぎゅうっとできるのに。
「大丈夫、大丈夫だよ」
ゆーたはくすくす笑ってぼくをぎゅうっと抱きしめた。
寮を出ようとした所で、向こうから数人の兵士さんが駆け寄ってきた。もしかして、ここまで怒りに来たんだろうか。
「き、君! 君がその犬の飼い主のユータさんかい?!」
「そうです。あの、この子が町で何かしちゃったみたいで、今から謝りに行こうかと……」
きゅーんと鳴った鼻に、ゆーたがそっとぼくの頭に手を滑らせた。
「あ、謝るだって?! 何言ってるんだね! その犬、怪我はないかい? 助かった、本当に助かったよ。危うく大きな被害が出るところだった」
そこからは兵士さんがいっぱい説明してくれて、いっぱいお礼を言ってくれた。お金ももらえるんだって。どうやら怒ってないみたい。
兵士さんは固い手で何度もぼくを撫で、偉いぞ、と言ってくれた。段々と上がったしっぽがふさふさと揺れ、垂れていたお耳もピンと立った。
よかった。ぼく、牢屋にはいらなきゃいけなかったらどうしようかと思った。お礼の日なのに、まだほとんどお礼をしてないもの。
『じゃあぼく、またお散歩に行ってもいい?』
ゆーたはお日様みたいな顔で、にっこり笑った。
シロは、きっと生きてるだけで褒めてくれそう




