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もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた 【閑話・小話集】  作者: ひつじのはね


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ルーのバレンタイン

2021/2/13 バレンタイン閑話


「よーし、こんなものかな!」

オレはうん、とひとつ頷くと会心の笑みを浮かべた。色々なイベントごとのお菓子やごはん、そういう『特別』な何かって愛おしい。こうして作るのも好きだ。

ただ……

「チョコがあればなぁ」

つい苦笑する。だって日本のバレンタインはチョコレートが定番だもの、チョコだからこその特別って気がするのにな。

だけど、ないものは仕方ない。

それに、これはこれで美味しいよ。オレは出来上がったタルトを眺めてにこっとした。


今回は小さなサイズのタルトでチーズケーキを焼いてみたんだ。気分だけ、黒い豆の粉を混ぜてココア色にした。もちろんココアの香りもチョコの味もしないし、豆の味もしない。

チョコを知っているオレからすると、見た目だけでチョコの香りが漂ってくる気がするから不思議だ。でも、チョコを知らない人からすると、不気味な色のタルトかも知れない。

チーズの風味強めで塩味もあるこっくりしたチーズケーキは、きっとワインなんかにも合うんじゃないかな。あげるのはほとんど男性なので、こういうものの方が喜ばれそうだ。


そう言えば当たり前のように作っているけれど、オレも普通はもらう側かもしれない。だけど、お世話にはなってるけれどお世話している人はいないもの、やっぱりあげる側で正しいような気もする。


『美味そう-! 俺様の分は?!』

『あえはもー!』

ちょろちょろと厨房を走りまわるチュー助たちにくすっと笑う。せっかくだから、明日ね。ちゃんとみんなにあげるからね。



「今年はどこから渡しに行こうかな~?」

ばふっとベッドへ転がると、天井を眺めて頭を悩ませた。明日中に渡せなきゃ意味がないし、パッと渡して帰っちゃうのもなんだかなあ。

全部転移で行くつもりだけど、それでも一日でうまく回ってくるには作戦がいる。うーんと唸ったところで、ふっと口角が上がった。

『ゆーた、どうしたの?』

冷たいお鼻がそっと頬に触れ、ぺろりと舐めた。

「ううん、あちこち行かなきゃと思って。あちこち、行く所があるね……本当にあちこちなんだよ」

くすくすと笑って大きなシロの頭を抱え込んだ。フスフスと鼻を鳴らして、シロもにこっとする。

『いっぱい渡したい人がいるね。よかったね!』

うん、嬉しいね。バレンタインは、きっと渡す方が楽しいんだ。イベントにかこつけて、素直にありがとうって言える。

オレはそわそわした気持ちで足をばたつかせると、シロの毛並みに指を滑らせた。



ーー結局、悩んだ末にここを最後に選んだ。そうしたらゆっくりできるから。

転移した瞬間に気付いているだろうに、微動だにしない獣を視界に収め、かさりと落ち葉を踏んで足を踏み出した。ピピッと耳が動くけれど、やっぱりそれ以上の反応はない。


じゃあ、と笑みをこぼして駆けだすと、ひとっ飛びに大きな体へ飛び乗った。背中からぎゅうっと腕を回し、たっぷりとした首の被毛に顔を埋める。

「ルー、今日はバレンタインなんだよ!」

ルーにとってはちょっといいお菓子が食える日、って認識だろうな。ひくひくと動いた鼻が、お菓子の匂いを探している。

「いきなり乗るんじゃねー」

べろりと口の周りを舐めたのは、期待からだろうか。あんまり焦らしても良くないと、しっかり顔をすりつけてから、背中を滑り降りた。


「はい! どうぞ。いつも、ありがとうね」

目の前に出したテーブルにお供えのように包みを差し出すと、面倒臭がるルーの代わりにラッピングを開いた。

「…………」

こつんとおでこが当たって見上げると、大きな頭がオレの顔を押しのけるように手元を覗き込んでいた。じっと見つめる金の瞳は、鼻面がオレに当たったことも気付いていないに違いない。

「チーズケーキのタルトだよ!」

「言われても分からねー」

ふんわりと漂ったささやかな香りに、尻尾がひょこひょこと揺れる。細められた金の瞳に、まずは気に入ってもらえたようだとクスッと笑った。 



――ユータ! ラピスたちからなの!

「「「きゅうっ」」」

これもプレゼントの一環と、ルーのブラッシングを楽しんでいると、ぽぽぽぽっとラピスたちが押し寄せてきた。小さな管狐たちもこれだけいるとなかなかの圧がある。


「え? オレにくれるの?」

――そうなの! 美味しいから、きっと気に入るの!

差し出されたのは、まるで宝石のように煌めく透き通った赤。スモモほどのずっしりとしたそれをころりと手のひらで転がすと、まるでルビーのようだ。


「きれい……これなあに? 美味しいって、食べ物なの?」

――聖域で成る実なの! 珍しい実だから、食べられるようになるまでずーっと見張ってたの!

フンス! と顔を引き締めた管狐たちが、きゅうっと胸をそらして鳴いた。そっか、オレのためにずっと張り込みしてくれていたらしい。見たこともない美しい実を光にかざすと、ふわっと笑った。

「……ありがとう! 貰えるなんて、思ってなかった。とっても嬉しいよ!」

「「「きゅうぅ」」」

管狐たちは眩しげに目を細めると、役目は終えたとばかりにぽぽぽっと消えていった。ああ、後でいっぱいいっぱい撫でてお礼をしなきゃ。


『じゃあこれ、私と蘇芳、シロからよ』

「えっ? ありがとう〜!」

シロの頭に乗った蘇芳とモモが、青い実を差し出した。固くて、微かな産毛を感じる小さな実。どこかで見たような……小首を傾げてハッと鼻先へ持っていった。

「これ、これ……もしかして梅?!」

『あのね、ゆーたがよく採ってきた匂いと似てるでしょ。お庭で干してたすっぱいの、ゆーた好きでしょ! モモに教えてもらって、蘇芳と一緒に探したんだよ』

『いっぱいあるところ見つけたから、取りにいける』

シロが嬉しげに跳ね、蘇芳とモモもぽんぽん跳ね上げられた。

すごい、すごいよ! 全く梅と同じものじゃないだろうけど、この香り、この感触! きっと梅干しが作れる。後でジフにも聞いてみよう。


「ピピ!」

ふらっと飛んでいったティアが、何かを咥えて戻って来た。

「あれ? これ、フェリティアだ! 凄い……くれるの? ありがとう!!」

ティア、さすがだね! でもまさか、ティアの羽根をむしったらフェリティアになるわけじゃないよね?! そっと撫でると、ほわほわの羽毛を膨らませ、むふっと満足そうな顔をした。


「ムゥ!」

ポケットからてんてんと軽い衝撃に視線を下ろすと、ムゥちゃんまで葉っぱを差し出していた。

「ムゥちゃんも? ありがとうね! 嬉しいな」

にっこり笑うと、照れくさそうにもじもじとポケットに潜ってしまった。


『もちろん俺様とアゲハからもあるぞ!』

『あうじ、どーじょ!』

二人が差し出したきらきらした結晶を受け取ると、そっと小さな体をすくい上げて頬ずりした。

「ありがとう! 大事にするね」

うふっと笑った二人からも頬ずりをもらって、ほっぺがふわふわと柔らかい。


バレンタインって、渡す方が楽しいと思ったけれど、もらうのも随分と幸せだ。

受け止めきれないほどの想いは、オレの器を内側から広げてくれるような気がした。

オレはピカピカの笑みを浮かべると、漆黒の毛皮にことんと背中を預けた。


* * * * *


まずい。これでは、俺だけ間抜けのようだ。幸せそうな笑みを浮かべるユータを横目に、そわそわと尻尾を揺らした。

しかし、今さら何かやるなど……。取って付けたような贈り物も、かえって間抜けだ。それに、俺は別に世話になってなど……。


落ち着かない気分で両前肢に顎を載せると、桃色のスライムが目の前にいた。

『物でなくていいのよ、嬉しかったことを返せば良いの。お礼をする日なんだから』

弾んだスライムが、小さな声で囁いた。

お礼、お礼など……。

尻尾がゆらゆらと揺れる。悶々とする俺の目に、小さな手が握るブラシが目に留まった。


あいつが勝手にやっていることだ。世話をされた覚えはないが、礼くらいはしてもいいだろうか。そう言う日だと言うのだから、何もおかしなことはないはずだ。


* * * * *


ふわふわとした気分で体を投げ出していると、ぐいっと体が持ち上がった。

「ルー?」

振り返ると、襟首を咥えた獣が、光と共に姿を変えた。

人型になるなんて、珍しい。まじまじと見つめると、煙る金の瞳がむすっと視線を逸らして座り込んだ――オレを抱えたまま。

ルーの膝に抱えられるなんて、初めてだ。いや、意識がないときに一度だけかな。あんまりビックリして目をぱちくりさせていると、握っていたブラシを取り上げられた。


「わ?!」

まるで幼児が人形にやるように、不器用な手がオレの髪にブラシをあてがった。明らかに不慣れな手つきで、カシカシと髪を梳く。

「ルー? どうしたの?」

見上げると、ぐいっと顔を押しやられた。

「こっちを向くな。ブラシが通らん」

不機嫌な声音に、ちょっぴりの緊張を感じてくすくすと笑った。

どう言う風の吹き回しだろう。固い腿の上で大人しく力を抜くと、されるに任せて目を閉じた。

オレの小さな頭なんて、あっという間にブラッシング終了だ。一通り終わったのか、筋張った指が確かめるようにするりと髪の中を通った。


「……気持ちいい。ルー、ありがとう」

ピタッと止まった手に目を開けると、なんだか眉間にしわを寄せている。ゆらゆらと揺れる金の瞳にくすっと笑うと、オレはころりと向きを変えて固い腹を抱きしめた。

「……」

しばらく逡巡したらしい指が、そろりと動いた。きちんとブラシを通された髪は、引っかかることなくするすると指の間を流れていく。指先が首筋へ触れて、思わず首をすくめた。

くすぐったくて、心地いい。こてんとあおのくと、精悍な顔を見上げてルーの空いた手を抱えた。

オレの手でも持ち上げられる、肉球のない手。大きくて、固くて、指は細い。両手で眺め透かして遊んでいたら、気付けば髪をすく手が止まっている。


不満を込めて、手持ち無沙汰にしている片手を引っ張り寄せ、再びオレの頭に乗せた。

「……」

戸惑って離れようとする手を抑えると、ぐっと眉間にしわが寄った。じいっと見つめると、根負けしたように視線を逸らして、その手は再び髪を滑り始めた。


ちょっとほっぺにかかった指がくすぐったくて、つい首をすくめてきゅっと挟み込むと、ルーの体がビクリと跳ねた。

ややあってそろそろと動いた手が、今度は興味深そうに頬を撫でる。金の瞳が真剣だ。

大きな手は頬を撫で、耳を通ってうなじへ触れた。何度も何度も繰り返されるそれに、オレは一生懸命笑みを堪えてじっとした。

柔らかいでしょう? エリーシャ様もオレのほっぺが大好きなんだよ。実は執事さんだって好きなんだよ。

ルーがオレに触れるなんて、そうそうあることじゃない。もしかしたらもうないかもしれない。温かくて固い手に頬を寄せて目を閉じると、口元をほころばせた。

もしかすると、これってルーからのプレゼントだろうか。

「ありがとう。オレ、嬉しいよ」

「…………」

ちょっと止まった手に目を開けると、何か言いたげな口元を見つめた。だけど、結局開かなかった薄い唇は、むっとへの字になって固く結ばれてしまった。

再び動き出した手にオレも目を閉じる。


ねえ、これがお礼なんだったら、ルーも嬉しかったんだよね。

堪らなくなって目を閉じたままくすくすしていると、やわっと頬がつままれた。

「笑うんじゃねー」

不機嫌そうな声に、むくれたルーの顔がありありと浮かんで、オレの笑みはいっそう深くなったのだった。



Twitterのバーチャルチョコで本命チョコのみもらっていたルー様、すごい。

純粋な数でもユータの次なので、今回はルー閑話で!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 貴い……
[一言] お疲れ様ですm(*_ _)m わ~ルー!!! モモちゃんグッジョブ(*^ー゜)b
[一言] カロルスには褌でも贈るんだろうか?(目反らし
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