夏の終わり
2020/09/26 夏なのに登場できなかったと嘆くので…
「あれ……? 収納の中になにかある……」
オレの収納の中から、何か呼ばれているような違和感を感じた。
「うーん、これかな?」
適当に見当を付けて取り出したのは、ナギさんの貝殻だ。どこでも転移ゲートを発生させられるすごいお宝なんだよね。一見普通の貝殻に見えるはずなんだけど、今日はなぜか光っている。
「なんだろう? 壊れた……わけじゃないよね?」
『本人に聞いてみればいいんじゃない?』
それもそうだ。久々にナギさんに会いたいし、起動してみて忙しそうならまた改めればいいよね。
ひとつ頷いて貝殻を起動させると、目の前にスクリーンのように映像が映し出される。
「ユータ!!」
「うわあっ?!」
途端にザバアッと飛び出してきたナギさんに、オレは見事にひっくり返った。
「ど、どうしたの?! 急にびっくりするよ!」
「ドウしたもコウしたもナイわ! ヌシ、ちっとも遊びに来ぬではナイか!」
ひっくり返ったオレの上に、ナギさんがのしかかった。長い髪がオレを囲むように流れ落ち、水色の鋭い瞳がオレを射た。
ぐっと小さな体にかかる重量に、思わず重いと言いそうになって口を抑えた。きっと失礼だよね。だけどさすがは戦士長……思い切り引き締まったすらりとした肢体は、見た目よりはるかに重かった。
「あ、遊びにって……ナギさんお姫様だし戦士長だし、やっぱりそんな簡単に遊びに行けないよ」
「ワレが構わヌと言っている!」
ナギさんは不機嫌そうに腕組みをして胸を反らせると、ふと思い立ったようにニヤリと笑った。
「ウム、ではコウしよう。ワレがコッチで遊べばヨイのだ」
「え、ええー?!」
お姫様困ります!! それにナギさん、フロートマフを使わないと地上で動けないよね?
「心配いらヌ! それ、ソコにヨイものがいるではナイか!」
『ぼく? そっか! いいよ、乗せてあげるね!』
ベッドに寝そべっていたシロが、ピンと耳をたてて尻尾を振った。
「あとは布デモ巻いて、尾っぽを隠せばよかロウ」
近づいてきたシロに、ぴょんと身軽に横乗りすると、ナギさんはひらひらと尾びれを振った。
「えぇ~? でも、遊びにって行ってもこのあたりなにもないよ? 海に行く?」
「海はワレが勝手に行ける。陸がヨイ」
うーん、この辺りは草原しかないけど、オレが海の中が珍しいみたいなものかな。街中はさすがに怖いけれど、草原で遊ぶならまあいいか。
「気持ちヨイな! 陸で走るコトなど、あるとは思っていなかったゾ!」
「そう? あんまり面白いものはないかもしれないんだけど……」
シロに乗って草原を走りながら、オレはちょっと眉を下げて振り返った。ビュウビュウと鳴る風に髪を弄ばれるのを気にも留めず、ナギさんは華やかに笑った。
「何をイウ! ドレもこれも面白いゾ! 草はこんなニモ音がスルのだな! 水もナイのにあんなニモ落ち葉は舞うモノなのだな! 走るダケでこんなニモ土の匂いと草の匂いと、あとはナンだ? いろんな匂いがスルのだな!」
弾む声音に、オレは目を瞬いた。そっか、海の上を渡る風は知っていても、一面の草原に立つことなんてないもの。たくさんの草、たくさんの土、どれも感動に値するものなんだな。
「――本当だね。見て、草がまるで海みたいだよ」
「おう、美しいナ」
草原を撫でる風で、次々と波が寄せるように草原が波打っている。ナギさんは広く草原を眺め、凜々しい瞳を細めて口の端を上げた。
「なんかお腹空いてきたよ。おやつの時間過ぎちゃったね」
散々草原を走り回っていると、お腹がぐうと鳴った。日は陰ってきたけれど、夕食にはまだ早いしおやつには遅い。
――今食べればいいの! 忘れたものを取り返さなきゃダメなの!
『そうだそうだ! おやつを忘れるなんて言語道断!』
みんなに口々に抗議され、仕方ないなと肩をすくめた。
「ナギさん、ここでおやつ食べて行く? 夕食が食べられなくなっちゃうと困るけど……」
「食べられなくなるワケがなかロウ!」
そうだった。ナギさんは結構な大食漢だった。それならいろいろ出してもいいかもしれない。
「――とは言うものの、時間もないし簡単なものしかできないかな」
まだ気温の高い時期だもの、あまりお外で焼きたてクッキーやケーキを食べたい気分ではないかな。
よし、もうすぐ終わる夏を偲んで、冷たいスイーツにしよう。ナギさんがいるんだし、海人のお城で教えてもらった、アガーラを使ってみようかな。
アガーラは凍らせてもガチガチに凍らずソフトなシャーベット状になるんだ。シャリシャリとした食感は残しつつ、口の中でスムージーのように滑らかになる。そういえばナギさんはアガーラにお酒を入れていたと思い出し、ナギさんの分には果実酒も入れてみよう。
そうだ、お姫様にお出しするんだもの、見た目も華やかにしなくちゃね!
「はい、できたよ~! 溶けないうちに召し上がれ!」
「モウできたのカ! 早いモノだ」
さあどうぞ! と差し出したものに、ナギさんが目を輝かせて顔を寄せた。
「ナンだ、これは? 美しいナ!」
「今日はパフェにしてみたんだよ! ナギさんのところでもらったアガーラも使ってるんだ」
残念ながら透明度の高いパフェグラスなんてないけれど、瓶みたいなものはある。円柱状のグラス底にはリキュール漬けのフルーツ、中間層はアガーラシャーベットと、果物を凍らせて荒く崩したものを混ぜ、てっぺんには果実酒を効かせたアイスクリームと新鮮な果物、そして生クリーム。仕上げにちょいとクッキーとお花を飾れば、大人のパフェの出来上がりだ。
瞳を輝かせるナギさんが、グラスをそろそろと回し、全周囲眺めてはニヨニヨと口元を緩めている。喜んでもらえたようでホッとするよ。
「コレは、どうやって食べるノダ?」
「好きなように食べるといいよ! 順番に食べてもいいし、崩して混ぜたっていいよ」
「ホウ……」
小さなスプーンをウロウロとさまよわせながら、結局てっぺんから食べることにしたようだ。つんつんと丸く盛ったアイスをつついて、ぺろりとスプーンをなめた。
「オウ……?! ツメタイ! アマイ……コレハウマイナ!」
パッと光が射すように頬を上気させて、ナギさんは抱え込むようにパフェを引き寄せた。夢中なせいか、発音が出会った頃に戻ってるよ?
くすくす笑ってオレもアイスとクリームをすくってぱくり。アイスに混ぜ込んだ柑橘系のピールが爽やかに香って、ふと寂寥感が胸を掠めた。
温かい時期がもうすぐ終わる。生き物の性なのだろうか、活動しやすく食糧の豊富な温かい時期が終わってしまう、それはとても切ないことのように思えた。
「ウマイ! ウマイゾ!」
ほんのりとセンチメンタルに浸る隣で、ガツガツとパフェを貪るナギさん。パフェってさ、もっとちまちま楽しんで食べるものだと思うんだ。
ワイルドなお姫様に、やっぱりナギさんは姫より戦士長だなと笑った。
夏に登場しなかったらいつ登場するのか!ってナギさんが怒るので……
コミカライズ版ではナギさんの姿も見られますね! どんな風に描かれるのがとても楽しみです~(*^-^*)




