ドキドキ
Twitterアンケート閑話!
「今日はお洗濯日和だよ!」
転移の光がすうっと消えた瞬間、間近に見えた漆黒のもふもふに飛び込んだ。ふかふかした首を抱き込んですりすりすると、思った通りお日様の香りと獣の香り。
「……それがどうした」
迷惑そうに目を細めたルーの低い声に、パッと顔を上げる。
「だからね! 丸洗いの日!!」
オレは鼻のくっつきそうな距離で満面の笑みを浮かべた。
「それがどう……てめー、俺は服じゃねー!」
おや、丸洗いがルーを指すことに気がついたようだ。ぎろっと睨む視線が、どこかそわそわ落ち着かなくなる。
「もう用意してきたからね! 今日は気持ちのいいお天気だし一緒に入ろう!」
どうせルーを洗えばオレも泡まみれの汗だくだもの。
腰を上げようとするルーにしがみつくと、ざばあっと一気にお湯を浴びせた。逃げないうちにやっちゃわないといけないからね!
「てめー!!」
石けん水も豪快にぶちまけると、立ち上がって逃げ腰になったルーがピタリと止まった。
石けんが嫌いなルーは、ピタッと耳を伏せぎゅっと目と口を閉じて静止している。
「さっと洗っちゃうからね-!」
洗浄魔法も併用しながらわしゃわしゃとゴージャスな毛並みを泡立てた。これほど高級な手触りの毛並みなのに、こんな乱暴に洗っても大丈夫なのが不思議なところだね。
洗いやすくて助かるけれど、力の入った体がちょっとかわいそうなので、手早く手早く。
吹き出す汗を拭って息をつくと、しっかりと目を閉じた無防備なお顔を眺めて、えへっと笑った。
「いくよー!」
オレのかけ声でますますぎゅううっと力の入ったお顔を確認して、一気に尻尾の方からすすいでいった。魔法って便利だな。ホースよりずっと多彩なことができるし、水量も思いのままだ。
「よしっ! シールド!」
お顔までお湯をかけるかかけないかの時点で、サッとシールドを張った。
ばしゃしゃしゃしゃ!!!
次の瞬間、飛び散った水が滝に飛び込んだかのような勢いでシールドを叩いた。ふふ、慣れたものだよ?
ブルブルと水を弾き飛ばしたルーが、ぼさぼさの毛並みで恨めしそうにオレを見た。
「気持ちよかったでしょ?」
「いいわけね-!」
仏頂面のルーにくすくす笑いながら、オレもビタビタになった服を脱ぎ捨てた。露天風呂にお湯を張りつつ、サッと自分も洗ってしまおうとしたところで、大きな手がオレの腕をつかんだ。
「てめーだけズルしてんじゃねー」
むっすりとへの字口をした精悍な若者は、ぼさぼさになった髪をかき上げて、ぐいっとオレを引き寄せた。
「ズル? ねえルー、どうしてヒトの姿なの?」
「うるせー! この姿じゃねーと洗えねー」
言うなりざばあっとお湯を掛けられてけんけんとむせた。
「もう! いきなりかけないでよ!」
「てめーだっていきなりだ」
フフン、と鼻で笑ったルーが、今度はオレが用意した石けん水をぶっかける。どうやら洗ってくれるんだろうか。オレ、自分で洗えるけど?
「乱暴ー! 鼻に石けん入るよ! ぺっぺっ! クチにも!! オレはもっと丁寧に洗ってるよ!」
「うるせー! てめーだってこんなもんだ!」
失礼な! 絶対違うから! まるで野菜でも洗うように遠慮なくわしゃわしゃとやられて、お湯で流された頃にはオレもすっかり仏頂面だ。
「気持ちよかったか」
「いいわけないよ!」
満足そうなルーをじろりと睨んで、次は絶対オレだって乱暴に洗うから! と心に決めた。
「あれ? でもルーヒトの姿になるなら自分で洗えるんじゃないの?」
「……俺は洗いたくねーっつってる」
スッと視線を逸らすと、ルーはさっさと露天風呂へ向かってしまった。
さやさや――
ちゃぷり、ちゃぷり――
ぬるめに入れた露天風呂につかりながら、大きな体にもたれかかろうとして失敗した。
「……ルー、獣の姿にならないの?」
「俺はてめーのソファーじゃねー」
いつもより随分小さく感じる金の瞳が、オレを見下ろして鼻で笑った。どうやらオレの意図はお見通しのようだ。獣の時でも分かるつもりだったけど、やっぱりヒトの姿の方が表情がよく分かる。それでも、普通の人に比べて随分無表情だ。『放浪の木』のキースさんよりちょっとマシなくらいだろうか。
「ルー、にこってして?」
「………」
こうだよ、とにっこり笑ってみせると、ルーがぷいっとそっぽを向いた。
「ねえ!」
「うるせー! 構うな」
ザバッと立ち上がったルーは、さっさと体を乾かして一瞬で衣服を纏った。
「わあ、それどうやったの? 手品みたい!」
目を輝かせたオレにそ知らぬふりをすると、そのままごろりと横になってしまった。獣の姿になったらオレも上で寝転がろうと思ったのに……。
ざばりとお湯から体をあげると、柔らかな風が肌に心地よく熱を剥いでいった。
――ラピスはもっと入るのー!
『最高の贅沢だわ……』
『ぼく、もういい! 遊んでくるねー!』
『待ってシロ! 俺様も行く! 道中ちゃんと俺様を守ること!』
『おやぶ-、あえはが守ったえる!』
『スオー、お手入れする』
思い思いに行動するみんなを横目に、うとうとするティアとムゥちゃんを木陰に移動させ、オレはちらりとルーに目をやった。
オレもあっちでお昼寝しようかな。きっとルーのいる所が一等地だ。
* * * * *
泡は嫌いだが、あの手は嫌いじゃない。
それに、洗い上がった毛並みは好きだ。
……ああ、そうだ、この姿だとブラッシングができてねー。
心地よい微睡みの中で、全身の爽快感に満足していたルーは、しまったなと眉を寄せた。ブラッシングが終わらないと完璧じゃない。
まあいい、また後でさせてやればいいことだ。あいつはうっかりしているからな。
まだユータの気配があることに安堵したところで、額のあたりに小さな柔い手が触れた。
するり、と髪をかき分けるように撫でながら、じんわりと清らかな魔力が流れ込んでくる。体の内まで清浄化しようとしているのだろうか。
これは気持ちいい、と言うしかねー。
ユータの気配に包まれて、ルーはうっとりと再び意識を沈めた。
もっとここにいろ。俺は寝ているからな。勝手に帰るんじゃねー。
どのくらいそうしていたのか、そっと手を離される感覚に、ハッと体が覚醒する。
「――行くな」
思わず口走った言葉と共に、がっちりと小さな腕をつかんでいた。
ビクッと身を震わせたユータが、目をまんまるにしてルーを見つめた。
ルーは未練がましく引き留めた自分の手と、見開かれた漆黒の瞳を交互に見つめて、背中を伝う汗を感じた。
* * * * *
そっと覗き込むと、りりしい顔はほんのりと和らいで寝息をたてていた。
けれど、そよそよと顔を撫でた風が前髪を揺らすと、きゅっと眉間にしわが寄せられた。まぶたの隙間に入り込む髪が鬱陶しそうで、少し髪をかき上げると、徐々にしわが薄くなって寝息が深まっていく。
「ちょっとだけ切ってあげようか」
オレ、自分で髪を切ってたし、シロたちの散髪もするから得意だよ。切ったと分かるくらいにやると怒られそうだから、ほんのちょっぴり、目に入らないくらいに。
慎重に慎重にカットを施すと、満足してひとり頷いた。
『何やってるの?』
ぽん、と肩に飛び乗ったモモに、ほんの少しだけカットした髪くずを見せた。
「このくらいなら分からないでしょ? 」
『そうね、このままだとね。カッコイイからとても素敵よ。このままだとね』
「このままだと?」
『獣に戻った時にこれってどんな影響があるのかしら? そのあたりが不安なところね』
「え……ええっ?!」
もしかして獣に戻った時におでこだけハゲてたり……まさか、そんなことになったりする?!
「ど、どどどうしよう?!」
顔面おハゲの神獣なんてお気の毒すぎる!! 俄に早鐘を打ち出した心臓を押さえ、途方に暮れた。
「そうだ! 生命魔法で髪も元に戻らないかな?!」
害はないんだし! とりあえずやってみよう。オレはそっと艶やかな黒髪を梳きながら生命魔法を流した。やっぱり心地いいんだろうか、ルーがほんの少し口角を上げたような気がした。
『どう? 伸びたかしら?』
「う、うーん? そもそもほんのちょっとしか切ってないもん、わかんないよ……」
『ルーはきっと鏡を見ないから、いい』
なるほど! それは盲点だった! スオーの台詞にポン、と手を打った。どんなにおハゲでも人に会わなくて自分でも見えなければ、それはないといっても過言ではない!
『そんなシュレディンガーの猫じゃあるまいし……』
じっとりしたモモの視線からそっと目を背け、よし、と立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。
「――行くな」
低い掠れた声と、がっちりと捕まえられた腕に、飛び上がるほど驚いて見下ろすと、金の瞳も驚いたように見開かれていた。
「ど、どど、どうしたの?!」
まさか、まさかバレ……?! 冷や汗をかくオレに、なぜかルーまでぎくしゃくと腕を離した。
「ち、違う! いや、ブラッシング……そうだ、ブラッシングだ」
「え? え? ブラッシング?? ……ああそっか、まだだったね!」
あ、あはは、と笑って見せたオレに、ルーもぎこちなく頷いて獣の姿になった。
どうやらバレていないようだ……
両者ともに早鐘を打つ胸の音をなだめすかし、ホッと息を吐いたのだった。
ルー:………(今日はやけに丁寧だな?)
ユータ:(ないよね? おハゲ……ないよね??)
「もふしら小説ネタ」診断メーカーで出てきたお題4つの中から、Twitterでアンケートを取りまして最も票の多かったお話「ルーが登場するドキドキするお話」でした!
難しいよ!ドキドキってなんだよ!!




