ルーと石けん
2020/7/22
ごくごく短い小話
漆黒の獣は一点を見つめて身じろぎもせず、背中には落ち葉が降り積もっていた。
『人の姿になったら、身体洗うのも楽ちんじゃないの?』
すん、と鼻をひくつかせると、確かに香る獣の匂い。別に、獣の姿なのだから、この匂いがおかしいはずはない。
ただ……そう、ただ……風呂上がりのあの毛並みはいい。あれは好きだ。
ち、と視線を外して鼻面にシワを寄せる。穴があくほどみつめられていた石けんは、きっと生きた心地がしなかっただろう。
別に、泡が苦手などと……そんなことはない。
――仕方ないだろう、獣は目を擦ることも、石けんを拭うこともできないのだから。
フン、と鼻を鳴らしたところで、さっきの台詞がまた頭をよぎる。人の姿になったら、だと……そんなことのために……。
馬鹿馬鹿しい!まるで気を紛らわせようとするように、ごろごろと草の上を転がった。別に今洗う必要はねー。泡は好きじゃね-けど、あの小さい手がわしわしと洗うのは悪くない……。
――ルーはユータに洗ってほしいの。甘えん坊なの。
刹那に、生意気なチビ助の言葉も思い出してしまい、仰向けになったルーの顔にビシリと怒りの感情が浮かんだ。
瞳孔の小さな金の瞳がギラリと光った。むくりと身体を起こすと、黒の被毛に絡んだ葉っぱがひらひらと舞う。
と、唐突に被毛が金に染まり、ふわりと巨大な獣の姿が歪んだ。
「………」
するすると金の光が収縮した場所には、あぐらをかいて石けんを睨む、凜々しい青年の姿。
喉の奥で低く唸ると、ユータ特製露天風呂にはすぐさまお湯が溢れて、ほかほかと湯気をあげた。
ルーは仏頂面でばっさばさと乱暴に黒衣を脱ぎ捨てると、ざばりとお湯をかぶって石けんを手に取った。
「……ふん、両手があれば洗えるに決まってる」
つるっ
つるり……
普段から獣の姿で過ごす弊害か、不器用な手は何度も石けんを取り落とした。
「………」
ルーはイラッとまなじりを険しくすると、ざくりと石けんに爪をたてた。
「手間を取らせるからだ」
フンと鼻で笑い、さて、と指を食い込ませた石けんを泡立てようと試みる。
「――あれっ? ねえルー、これ見て! 」
「――なんだ」
黒い体がピクリと反応を示した。
「石けんが……こんなにばらばらになってるの。なんでだろ?」
「………知らん」
「ちゃんと保管してなかったから溶けちゃったのかな? こんなに細切れになっちゃうんだ」
ルーはきっちり背中を向けて、決して振り返らなかった。
更新できないのでせめて小話でも…




