ななつ夜のお祭り2
2020/7/7
「あれ美味そうじゃねえ?! 食おうぜ!」
「僕、あっちのお菓子がいいな~!」
「いいな……オレ、もう食べられない……」
あっちへひらひら、こっちへひらひら、袖をなびかせながら屋台を巡り、タクトは器用に3つも4つも食べ物を抱えて歩いた。物珍しいのがたくさんあるのに、小さなオレのお腹が恨めしい。
「ねえ、ちょっとだけちょうだい?」
「おう!」
「どうぞ~」
それでも、あんまり美味しそうに食べるものだから、おねだりして一口ずつ分けて貰った。でも、肉ばっかりのタクトのチョイスは、一口の半分ずつくらいで十分だ。
「がぶっといけよ、がぶっと!」
「うむっ?!」
ちみちみと囓るオレがじれったいらしく、ぐいっと口元へお肉が押しつけられて、慌てて顔を離した。
「タクト! オレそんないっぺんにお口に入らないから!」
怒ったオレを見て、タクトが腹を抱えて笑った。考えすぎだろうか、周囲の人まで笑っているような気がして、きょろきょろと道行く人を見上げた。
クスクス、プククッ!
今、絶対笑った! オレの視線を避けるように目を逸らす人たちに、首を傾げる。
「ねえ、オレ笑われてる……?」
「――気、のせい、じゃない~?」
スッと視線を逸らしたラキに、オレは疑惑の目を向けた。
「その黒い頭は! ユータ見ーっけ! お前らもう願い……ブッフォ!!」
「うわっ! アレックスさん汚い!!」
振り返ると、アレックスさんが盛大に飲み物を吹き出した。げっほげっほとむせる彼に、仕方ないなと手ぬぐいを差し出した。どうやらアレックスさんもななつ夜衣装に着替えて散策していたらしい。長めの髪を器用に編み上げているのが、洒落た彼らしいと思った。
「汚いのはお前の方だぞ、なんでこんなことになったんだ……ちょっと貸しなさい」
ひょいっと脇を支えて向きを変えられると、テンチョーさんの呆れた顔が目に入った。
「うっ?! むっ? ふむっ!」
痛い、痛いってば! 顔が変形するくらい遠慮なくごしごしと口元を拭われ、ペチペチとテンチョーさんの手を叩いて抵抗した。なに? オレ、そんな広範囲にお口汚れてたの?!
「ぶわっはっは!! 真っ赤ー! しかもまだ汚いー!」
テンチョーさんの手からは逃れたものの、タクトが再びひいひいとお腹を抱えて笑っている。どうやらお肉のたれが、べったり大量についていたらしい。口の周りはひりひりするけれど、まだぺたぺたしている。
「はー可笑しい。そんだけついてると、ぺろって取ってやるレベルじゃねーし! ちょびっとならこのアレックスさんがやってやるのになー、残念だったな!」
ぱちんとウインクして見せたアレックスさんに、断固お断り! と背中を向けた。そうか、舐め取ってもらうなら適任がいる。
「モモ、これ取って~」
『はいはい、ごちそうさま、ね!』
モモで拭き取るようにもにもにとやると、あら簡単! あんな頑固なべたつきが一瞬でつるりとピカピカに!
「スライムにそんな使い道が……?!」
「テンチョ、テンチョ、絶対それフツーじゃないから! 感心しないで?!」
そんなことないよ、便利だよ、スライム。
「2人も着替えたんだね! カッコイイね!」
「そうか? 私は知り合いの店を手伝うからな、着なくてはいけないんだ」
「でしょ~? 俺すげー格好良くない? もっとみんな褒めてもいいと思うんだけど?!」
もう子ども体型から抜け出したアレックスさんとテンチョーさんは、短く詰めた袖と、落ち着いた芥子色と瑠璃紺の衣装も相まって、随分と大人っぽく感じた。
「それで、もう願い札はくべてきたのか? あんまり遅くなるんじゃないぞ、人目は多いとは言え――」
「は、はーい! じゃあ今から行ってくるね!」
長くなりそうなお説教に、オレたちは慌ててその場を後にした。
「願いの火は、広場の奥にあるよ~」
「ちぇ、俺もっと遊びたかったけどなぁ」
タクトのは遊ぶ、だろうか? 食べる、の間違いじゃないだろうか。
オレたちは願い事を書いた札を握って、煌々と暗闇の中に燃え上がる火の前へ向かった。
「ユータは、なに書いたの~?」
「ないしょだよ! ラキは、加工師になれますように?」
「ふふ、じゃあ僕もナイショ~!」
「あ、じゃあ俺もナイショにするぞ!」
村の小さなろうそくとは違う、大きなかがり火は、たくさんの願い事を夜空へ送って赤々と輝いていた。オレたちも火の前へ進み出ると、そうっと願い札を掲げた。
火のついた札は、ふわっと高く舞い上がり、きらきらと金粉になって、夜空と入り交じっていった。
「きれいだねえ」
「そうだね~」
「でも、祭りが終わる気がして、なんか寂しいぞ」
ああ、それはそうかもしれない。
金粉を散らした夜空の中で、今宵限りのななつの星が、名残を惜しんでいるように見えた。
「ねえ、ルーはあの星がなんだか知ってる? 英雄の魂とか、神様の使いって言われるんだよ」
「知らん」
屋台で買ったお土産を頬ばる獣は、予想通りの返答を返してきた。スフィンクススタイルで伏せた大きな体に、こてんと体を預けて空を見上げた。はぐっ、はぐっと食いつく度に、オレの体もゆさゆさ揺れて、ずりずりと体がずり落ちていく。
「そこで寝るな、遅くなる」
いつの間にやら完全に横たわっていて驚いた。ふかふかしたルーの尻尾が、いつの間にかオレの下に入り込んで、心地良い寝床を作っていた。
「ここで寝たい……だって、寝たらお祭りが終わっちゃうし……」
ちらりと見上げた空には、まだななつの星が輝いていて、ホッと安心した。大丈夫、まだお祭りの日だ。
「祭りはもう終わってるだろうが。どこで寝ても変わらねー」
ぐっとオレを覗き込んだルーで視界が埋まって、青い星が見えなくなった。その代わり、広がる漆黒の中で、金の星が二つ、オレを見つめている。
「ルーも、きれいだね。神獣も、星になる? ルーの星は、金色かな?」
うとうとしながら、手を伸ばしてぎゅうっと太い首を抱き寄せた。
「……でも、星になったら嫌だな。ずっと、ここにいてね……」
ここにいたら、いつも会えるもんね。ルーの毛並みに顔を埋めると、お昼間のお日様の匂いが残っているような気がした。
ぱたり、と落ちた腕に、コイツ、また寝やがったとルーは舌打ちした。ふくふくした頬を鼻でつついてみても、一向に起きる気配がない。
「……お前もな」
ルーは、ちらりと夜空に目をやると、ごくごく小さな声で呟いて、閉じられた瞳を見つめた。
ななつ夜のお話自体は、1巻のSSで出てきたものです。
七夕、あいにくの空模様でしたが、きっと雲の上でお二人は会っているのかなーと。
4巻発売まであと3日……!!




