花畑
2020/5/3
閑話・小話集にたくさんブックマーク・評価いただいたお礼に。
今日はロクサレン家に帰ってゆっくりする日。そう決めてお部屋でごろごろしていた時のこと。
ゴンガンゴン!!
部屋の扉がすごい音で鳴らされ、ベッドの上で飛び上がった。何事かと思ったけど、もしかしてこれはノックの音だろうか。
「ど、どうぞ?」
カロルス様でももう少し静かにノックできるよ……一体誰かと見つめた先で、思いの外そっと開かれた扉の向こうにいたのは……
「ジフ? どうしたの?」
料理長として忙しいジフが、オレの部屋に来る事なんてまずない。厨房に行ったら捕まってしまうことは多いけど。
「お前が帰ってきてるって聞いてな。ちょっとツラぁ貸せよ」
もう、言い方……どうせお料理のことでしょ? 荒っぽい割に繊細な気遣いのできるジフは、オレが出ていくまで部屋に入ろうとはしなかった。ジフって見た目と言動で損をしてるよね……。
『主ぃ、それってほぼ全部だぜ!』
チュー助のツッコミに、確かにと頷きながら駆け寄った。
「今日は何のお料理のこと?」
「……花だ」
……花? どことなく気恥ずかしそうなひげ面に、オレは心底首を傾げた。
「そっか、ジフは姪っ子ちゃんがいるんだね! それで花?」
「おう……あいつぁ花が好きだからよ、花の食い物がありゃあ、ちっとでも喜ぶんじゃねえかってな」
ジフは気まずそうにガリガリと頭をかいた。どうやら明日、違う町に住む姪っ子ちゃん一家が遊びに来るんだそう。概ねジフの料理を食べたいという下心だなんて言うけれど、それにしたって少し浮き足立っているジフに、くすくす笑った。
オレたちは珍しく、連れ立って村内の林を歩いている。食用の花が植えてある花畑があるっていうんで、大喜びでついてきた次第だ。
「お花を使ったお料理ね……でも、お花を綺麗に見せるなら、スイーツの方がいいかもしれないよ?」
「なるほどな。火を通した花はむしろ嫌がるかもしれねえ。料理だとサラダと添え物ぐらいか」
うーん酢の物とか……? でも、まだ8歳らしいから、お菓子の方が喜ぶんじゃないかな? お料理には、飾り付けに使う方が見た目がいいかもしれないね。
「ほら、あそこだ」
「ほんとだ! 花がいっぱい!」
ぶっとい指で指された一画は、きれいに拓かれた場所いっぱいに色とりどりの花が並び、陽光を浴びてきらきらと輝くようだった。
「すごい……これ、全部食べられる花?」
「そうだ。ただ、食えるっつうだけで特に美味くもないモンが多いけどな」
「そうなの? でも、とってもいい香りだよ!」
オレは魔素も香りとして感じてしまうことがあるけど、これはちゃんと花の香りだと思う!
「使えそうなものは持って帰るぞ。お前もいるなら、好きなだけ採れ。今がちょうど収穫時だからな」
無愛想な山賊顔で、バスケット片手にお花を摘むジフに、必死に吹き出すのを堪えて、オレもたくさん摘ませてもらった。
「さて、こっからはお前、分かってんだろうな?」
「うん、ジフだって、分かってるよね?」
オレはアイディアを出すけど、うまくできるかどうかは、ジフの腕にかかってるからね! オレとジフは顔を見合わせてニッと笑うと、倍以上大きさの違う手をがっしりと握り合った。
厨房でお花をサッと洗って種類分けしたら、まずはどんなものか試食。うーん、確かに味はあんまりしない……ただ、香りはとてもいいし、苦みもない。これならやっぱりスイーツにしたいな。
「……どうだ?」
「うん、いけると思う。海人のアガーラを使ったスイーツにしようと思うよ!」
オレはジフを見上げてにっこり笑った。
「ふむ、うまくいったな。多少色も出るが……」
「最高! 色も出る方がいいよ」
――きれいなの! これ、美味しいの?
色とりどりに抽出された花のエキスに、ラピスが目をきらきらさせて飛び回った。
「ふふ、まだ美味しくはないんだよ。香りと色だけなんだ」
『素敵ね! どんな仕上がりか楽しみだわ!』
モモが嬉しげにふよんと揺れた。
今回作るのは、お花のパンナコッタ! しっかり泡立ててムースにしてもいいね。あま~い濃厚なミルクの風味と、お花の爽やかな香りが相まって、とても素敵に仕上がると思うんだ!
「……どうだ?」
「美味し~!! さすがジフ! ばっちりだよ!」
「そうか。ならこれで……」
ホッと息をついたジフに、チッチッと指を振った。
「分かってないなぁ……スイーツは――見た目だよ!!」
びしりとあらぬ方を指さし、どーんと大波を背負って宣言する。スイーツは、見た目が9割!!……かもしれない。
「お……おう……」
オレの熱意に、ジフは若干引き気味に頷いた。
よし、まず透明なアガーラに花のエキス少々、そして同じ花のエキスを混ぜた生地を用意します。あとはその花の花弁を少々。
「ほう……なるほどな……」
半球の型にそれぞれ流し込み、固まったものを取り出すと……
『まあ! きれいだわ!』
『きれい。スオーもほしい』
『これ、食べ物ー? 甘くてお花の香りがするね!』
オレの手のひらより小さな半球は、ほのかに花の色に染まって、上部に花びらを散らしたアガーラが煌めく、宝石のような仕上がりになった。
――すごいの! お花畑なの!
『おおー! 主すごい!』
『きらきらーきえいね!』
小さな花はそのままアガーラに閉じ込めて、まさに花畑だ。色よく並べた大皿に花を敷き詰めれば、これはもう誰が見てもテンションが上がること請け合いだ。
オレは仕上がりに満足して頷いた。
「すげーな、こりゃ見事だ。これなら絶対に喜ぶぜ」
にやけたジフに、こっそりともう一つ、とっておきを耳打ちしておいた。
『ねえ、さっき何て言ってたの?』
「ふふ、スイーツはあれで十分、あとはね……」
翌日、幼女と連れ立って花畑ではしゃぐ、山賊の目撃情報が相次いだとかなんとか……。
もちろん、姪っ子ちゃんに大好評だったことはいうまでもない。
一時の輝きではありますが、なんと異世界転生/転移の日間5位になっていました!
ありがとうございます!ささやかなお礼の閑話です。
ちなみに閑話題材は、自分の小説ネタのためだけに作った診断メーカーで「ユータとジフが登場するきれいなお話」とのことで……ジフの登場するきれいなお話って何?!ってなりながら書きました(笑)




