ユータの災難
2020/4/30
Twitterのアンケートの結果、読みたいとの声が多数だったので、アノ姿でロクサレン家に帰ったその後の様子閑話。閑話らしいおふざけっぷり。
気が進まないなぁ……なぜって具体的には言えないけれど、こう……オレの第六感がビシバシと危険を察知している気がするんだ。
『何甘ったれたこと言ってるの! 普段お世話になってるんでしょう?! 恩返しだと思って行くべきよ!』
肩でモモが激しく伸び縮みしている。そうだよね……かわいらしいものが好きな二人は、かわいい服も好きだもの、きっと喜ぶだろう。
「でもさ、服を見せるなら脱いで行……」
『ばかぁっ!』
ぽふんっ!
モモの柔らかアタックがオレの頬に炸裂した。
『服は着てこそよ! 着ていない服なんてただのバナナの皮よ! 剥がしたガムテープよ!!』
ええー? そ、そんなことはないと思うけど……。
モモの剣幕に逃げ道はないとため息をひとつ、オレは決意を固めていざ、ロクサレンまで転移した。
「……ただいま~」
自分の部屋へと着いて、そうっと呟いた。
「お帰りなさいませ!!」
コンコ……ばんっ! とノックの途中で勢いよく開いた扉から、マリーさんの満面の笑みがのぞいた。
やっぱり、すぐ見つかっちゃうか。オレは諦め混じりの苦笑でもう一度ただいま、とマリーさんを見上げた。
「ヒィッ?!」
「ま、マリーさんっ?!」
マリーさんが、目を見開いたまま銅像のようにバタリと倒れた。ど、どうしたの?! こ、これはそっとこの場を去ってもいいってことだろうか? 絶対無事だと思うし。
ぎんっと開いた目が怖いけれど、動かないからきっと大丈夫。……抜き足、差し足、オレはそっとマリーさんの横を抜けて廊下へと出た。
「……どこのお嬢さんかと思いましたよ」
ばったりと出会った執事さんが、とても驚いた顔だ。執事さんをびっくりさせられたなら、変装したかいもあったかな。ちょっと得意になってくるっとまわった。
「あのね、今日依頼でもらったんだよ! 見せておいでって言われて……」
「………ユータ様? それはどんな依頼ですか? まさかこの年の子どもにおかしな依頼は受けさせないとは思いますが……」
執事さんが一気にひんやりしてきて、オレはぶるっと身震いすると、慌てて付け加えた。
「ふ、ふつうの依頼だよ! 服屋さんの宣伝をするの!」
「ああ、なるほど」
にこりと頷いた執事さんが、一応常温になったのでほっと胸をなで下ろした。
「それで、エリーシャ様に?」
「うん! マリーさんはね、お部屋でひっくり返っちゃったの」
「そうでしょうね」
あ、助けに行ってはくれないんだ。オレもちょっと行かない方がいい気がするから、先にエリーシャ様に見せて、さっさとこれを脱ごう。
「?! ま、まさか……ゆ……ユータちゃん、なの……?」
階下に下りようと見下ろしたところで、1階にいたエリーシャ様と目が合った。エリーシャ様の華奢な手から荷物がするりと滑り落ち――
ドガッゴゴン!!
すごい音がした。エリーシャ様……何持ってたの? おうちが壊れちゃう……。
「エリーシャ様! この服、依頼でもらったの。みんなが見せて来いって言うから……」
ちょっとはにかんで笑うと、エリーシャ様の身体がふらりと傾いだ。
「……はっ! だめ、気を確かにもつのよエリー! 目を閉じたら消えてしまうわ。あなたならできる……そう、私ならできる……!!」
……エリーシャ様が変だ。妙にカクカクした動きでぎこちなく近づいてくる様に、どこかホラーを感じて思わず執事さんの手を探した。
「あ……あれ?」
すぐ近くにあったはずの手がない……。
「では、私はこれで。どうぞゆっくりしていってくださいね」
キラキラと涼やかな笑みを向けて、はるか彼方で執事さんがオレに手を振った。うそぉ?! いつの間にあんなところまで……!
「……ユータ、ちゃん……? ねえ、よおくお顔を見せて? そのかわいいお顔を……うふふ」
うふ、うふふ、と妙な笑顔を浮かべて一歩、一歩と近づくエリーシャ様。思わずじりっと下がるオレの足。
「え、えっと……オレ、カロルス様にも見せてくるね!!」
くるっと回れ右したオレの腰で、スカートがきれいに円を描いた。背中にビシビシと危険を感じながら、オレは一目散に駆けた。転移! そして転移!! 言いようのない危機感に苛まれて、オレは館の中を飛び回る。
「どうして逃げるのぉ~?! ユウゥーータちゃぁ~~ん!!どぉこにいるのぉおお~!! 」
「あああああ~~!! ユータ様ぁ~~~どちらへ行かれてもマリーには分かりますよぉ~」
こ、怖いんですけど!! マリーさんが復活してるし!
「カロルス様! たすけて!」
「はああ?! お前っなんでここに来やがる!! こっち来んな! 離れろ!」
やっと見つけた! オレは騒ぎを聞きつけてこっそりキッチンに潜んでいたカロルス様を発見した。その大きな背中に、子泣きじじいよろしくひしっと張り付く。
「お前~~! 俺を巻き添えにすんじゃねえ! なんで張り付いてんだ!」
キッチンの外からは、既に居場所を嗅ぎつけたらしい二人の足音が迫る。
「カロルス様!」
引っぺがそうとする手をかわしつつ、さっとカロルス様と目の合う位置へ移動した。
「なんっ……」
「だってオレ、カロルス様大好きだから!」
にこぉっ!
なんなら魔力まで込めて渾身の笑顔でにっこりした。
「お……こ……この、野郎~~~」
うぐっと呻いたカロルス様が、悪態をつきながらオレをくっつけたまま走り出した。よし! これでAランク対決だ。オレの転移も加わればいい勝負ができるだろう。
「もう、みんなで何を騒いで……」
1階を音もなく走り抜けていた所で、迷惑そうな顔をしたセデス兄さんが顔を出した。
「!! パスだ!!」
ぺいっ!
瞬時に引っぺがされてセデス兄さんに押しつけられるオレ。しまったぁー!!
「な、何々? ユータ? かわいいね~何そのカッコ……」
オレの両脇に手を差し入れて持ち上げたセデス兄さんは、まじまじ見つめた後で、ハッと顔色を変えた。「しまっ……謀られたかっ?!」
サッと身を伏せて周囲を見回そうとした所で、ぽん、と肩に白い手が置かれた。
「……うふ、セデスちゃん、でかしたわよぉ」
「まあ、こうして並ぶと映えますねぇ……セデス様もさぞかし……」
うふふふ……
堪らずこぼれ落ちる笑い声に、肝が冷えるのはどうしてだろう。オレは蒼白になったセデス兄さんにぎゅっとしがみついた。
「最っっっ高!! さすが私の子たち!! 素晴らしいわ……」
「あああ~~今日という日を永遠に残しておきたい……マリーはこれほど絵を描きたいと思ったことはありません!」
オレとセデス兄さんは釣り上げて3日目の魚の目で顔を見合わせた。
お外、そろそろ明るくなるね……
セデス兄さんサイズはメイドさんやエリーシャ様が持っていたとして、どうしてそんなにオレサイズの女の子服があるのか……とっかえひっかえ着せ替えられながらほのかに抱いた疑問は、飛び込んで来たメイドさんが解決してくれた。
「次っ! できましたわっ!」
「いいわねいいわねっ! じゃあこれ、こことここにアレを追加して丈は――」
「いいですわっ! それ採用致しますわっ!」
今さっき着替えたばかりの服を引っつかんで飛び出していくメイドさん。段々とリメイクされていく服は、もう既に立派なドレスだ。
「ね、ねえ……もういいでしょ? ユータも随分疲れてるよ……」
「えっ?! もうそんな時間? 大変! 早く休まなきゃ……はい、じゃあこれ」
差し出されたフリッフリのネグリジェに、オレとセデス兄さんは切ない気持ちで袖(?)を通したのだった。
もう絶対かわいい服もらっても見せに来ないから……!!
オレは、かたく、固く決意した。




