嵐の夜は
2019/10/12
超大型台風が上陸する日に。少しでも気が紛れますようにと
「すごい風だね…」
外側から板打ちをしてあるけれど、ガタガタ鳴る窓枠は今にも外れてしまいそうだ。
「中からも打っとくかー」
「カロルス様にされると家が傷むので、そこに座ってて下さい」
冷たくあしらわれ、シュンと椅子に戻るこの館の主。あくせくと動き回るメイドさんたちが、手際よく板を打ったり家具を片付けたりしている。
「おうちにシールド張ったら防げるんじゃない?」
「ユータも大人しく座ってること!そんなことしてウチだけ完璧無傷なのもおかしいでしょ。それにいつまで張り続けるの…。大丈夫、このくらいの嵐なら潰れたりしないからね」
アリス伝手に嵐が来るって聞いて心配になって来てみたけど、どうやら大丈夫なようだ。
―ラピスはお外に行ってくるの!
「え?大丈夫?飛ばされちゃうよ?」
―いいの-!
えっ…良くはないでしょ?!慌てて外へ出ると、案の定あっという間に吹き飛ばされるラピス部隊…ああ…まるで花吹雪のよう…ってそうじゃない!
―きゃーー!
「ラピス!!」
―なあにー?
焦って叫んだ所へ、ひょいと戻って来たラピスにカクンと拍子抜ける。遊んでたの…?こんな日に遊んじゃダメだよ…。
―ラピスたち、お外をけいかいしてるの!だからユータは中にいるの!
「もう…気をつけてよ…」
邪魔しないでと言わんばかりのラピスにぐいぐい背中を押されるので、仕方なく室内へと戻ろうと振り返ったら、ごうっと突風が吹いた。
「わあっ」
しまった…!この小さな身体はこんなに簡単に飛ばされてしまうの…?!
『ゆーた、危ないよ』
ひょいと襟首を咥えられて、オレはまるで旗のようにぱたぱたとなびいた。
「あ…シロ、ありがとう」
『どういたしまして~』
咥えられたままトコトコ室内に戻ったら、エリーシャ様とマリーさんに凄く怒られた。
「いつの間にお外に?吹き飛ばされてしまいます!絶対出てはダメですよ!」
「でも…オレ、シールド張れるし転移で戻れるよ?」
「それでも!ユータちゃんがいなくなったと分かったら、私たちの心が先につぶれちゃうわよ?」
うっ…そう言われると大人しくするしかない。
「ねえ、ちゃんと片付けるからここでみんなのお手入れしてもいい?」
「もちろんよ!ぜひとも!」
「フェンリルに管狐にカーバンクルの毛か…なんかもうその毛だけでひと財産になりそうだよね…」
でもセデス兄さん、みんな召喚獣だから送還すれば毛も消えてなくなるよ?…ん?でもみんな送還したことないからその毛も存在し続けるのかもしれない…?うん、あまり深く考えるのはやめておこう…。
「みんな、おいで~!」
『俺様いっちばーん!』
「ピピッ!」
『私も?』
『スオーもお手入れする』
『僕大きいから最後でいいよ~』
どうやらお外で遊……警戒してくれているラピス部隊は夢中になっているようだ。
「じゃあ順番にいくよ~」
小さいのと中くらいと大きいの、3つのブラシを並べてみんなをブラッシングしていく。
『うーん、そこそこ!あぁ~いいわ』
うつ伏せて組んだ腕に頭を乗せたチュー助は、まるでエステかマッサージでも受けているようだ。なんかその姿、あまりに人っぽい…白い布切れを腰にかけたらまさに!って感じで笑ってしまった。
ティアはブラッシングじゃなくってカキカキだ。頭の後ろや背中なんかを指でカキカキするとたいそう喜んで、時々ヒョイヒョイと自分で向きを変えては好きな位置を差し出してくる。ふわふわなティアの羽毛に、オレの小さな指は付け根まで埋もれてしまう。
「さ、モモどうぞ~」
『お願いするわ』
モモは梳かすほどの長さの毛がないけど、いつもマッサージを兼ねてブラシで上から下へ、優しく撫でてあげるんだ。ふよん、ふよよんとした感触で、オレも心地いい。
『気持ちいいわ~甲羅の時もやってもらえば良かったわね』
いや~さすがに甲羅には無理があると思うよ…。
『次、スオー!』
「うん、どうぞ」
ちょこんとオレのお膝に座った蘇芳。なぜか蘇芳はいつもこのスタイルだ。頭から丁寧にブラッシングして、背中から手をまわしてお腹側も。きれいな色の被毛だから、なんだかぬいぐるみをブラッシングしているみたいだ。
「前は終わったよ~」
声をかけると、くるりと向かい合わせになってきゅっとオレのお腹にしがみついた。
どこか嬉しそうに目を閉じる蘇芳に、ふふっと笑って背中側も。
『ありがと』
終わったよ、の声に残念そうに離れると、肩車のようにオレの後頭部を抱えた。
「さあ、シロ偉かったね!ゆっくりブラッシングしようね」
『うん!』
しっぽをぶんぶん、にこにこスキップでやってきたシロが、オレの膝に頭を乗せて横になった。オレの小さな膝じゃ、シロの大きな頭は乗せきれないね。
輝く毛並みに指を滑らせながら、一番大きなブラシでしっかりとブラッシング。お膝に頭を乗せていると、シロの身体の端まで手が届かないよ…?
それでもいいらしいので、肩周りを丁寧にしっかりと梳いていく。
「はい、はんたーい」
いそいそと向きを変えて横たわると、水色の瞳と目が合った。
「なあに?」
じっとオレを見つめる美しい瞳に、ブラッシングしながら首を傾げると、シロは何でもないよって嬉しそうに笑った。
サラサラのピカピカになった毛並みが心地よくて、するすると何度も指を滑らせて撫でていると、やがてすぴ…すぴ…と鼻の鳴る音が聞こえ始めた。いつの間にか閉じられていた瞳に、力の抜けた身体。
『シロ、寝ちゃった』
「寝ちゃったね、そっとしておこうね」
幸せそうな寝顔に、もうひと撫でして立ち上がると、うーんと全身を伸ばした。
『こっちでチュー助も寝てるわよ』
あらら、寝るなら短剣に戻ったらいいのに、暖炉の近くで大の字になっているねずみ。君はそんな無防備でいたら危ないよ…とりあえずシロの胸元にもたせかけておこう。
「ああ…至福の時でした」
「かわいいものがそろい踏み…ウチの館ってなんて素晴らしい場所なの…」
ブラッシングの間、飽きもせず眺めていたらしいマリーさんとエリーシャ様が、とても満足そうだ。ブラッシングが好きなら、たまに代わってあげるのにね。
「ねえユータ、こんな夜はさ、あったかくてほっこりするものが食べたいね」
「おういいな!熱々の塊肉食いたいな。ジフにでかい肉を焼いて貰おうか!」
「それ、ちょっと違うから…」
セデス兄さんの言うこと、分かるなぁ。こういう時ってあったかいシチューなんかをふうふうしながら食べたくなるね。カロルス様の言うことは分からないよ…。
「じゃあ、シチューを作ろうかな!」
「やったー!」
喜ぶセデス兄さんのために、ほっくり柔らかな気持ちになる優しいシチューを作ろう。
みんなで木の器を抱えて、木のさじで食べるんだ。じっくり煮込んで、すっとさじで切れる柔らかなお肉にしよう。
オレは優しいシチューの味を想像して、にっこり笑って厨房へ向かった。




